降格圏に低迷する時期もあった前半戦から一転、後半戦は6月の特別登録期間に獲得した新加入選手の活躍も手伝って大きく巻き返しに成功。新たに松橋力蔵監督を迎えて戦った2025シーズンは、苦しみながら課題と収穫を得て明確な積み上げを手にした一年となった。フットボール面が漸進にとどまった一方、ビジネスサイドではクラブ史上最高となる売上を記録し、新しい練習場計画を発表するなど、ポジティブなトピックスが並んだ。そんな一年間を川岸滋也社長に振り返ってもらうシーズン総括。後編はU-21チームのスタートを含めた変則的な新シーズンに向けての予測など、“東京攻略”を掲げるクラブとしての新たなフェーズについて聞いた。
取材・構成=佐藤 景(フリーライター)
──予算や編成の考え方を従来のスタンダードから変えて臨む必要がある2026シーズンは、2月に明治安田J1百年構想リーグが開幕し、その後、8月に秋春制へと移行する2026/27シーズンの明治安田J1リーグが開幕します。この変則的なスケジュールをどのように考えていますか。
我々もリーグや他クラブと色々な意見交換をしてきましたが、それぞれのクラブにスタンスの違いがあり、「なるほど」と思わせられることも多いです。我々は基本的に百年構想リーグと2026/27シーズンが地続きであると考えています。百年構想リーグは降格がありませんし、必要に応じて色々なことを試せる大会という位置付けです。もちろん優勝すればAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)への出場権を獲得できますので優勝を狙うことはもちろんですが、チームの課題をしっかりと改善できる期間だとも思いますので、その認識を持って臨みたい。その上で2026/27シーズンに入っていくという考えですね。
──チームバランスで言うと、長らく世代交代が課題の一つとされてきましたが、2025シーズンの後半は“ベテラン”と言われる経験豊富な選手たちがチームを救ったように思います。
たしかに、後半戦はキャリアのある選手たちが中心となり、そのおかげでチームも落ち着きを取り戻した面がありました。だからといって世代交代が必要ないということではありません。いつの時代も若い選手が成長し、活躍することでチームに活力が生まれる。自然にそれが起こるのを待つのではなく、若い選手の成長スピードを上げるための体制づくりや働きかけも必要だと思っています。
──降格のない百年構想リーグに加えて、26/27シーズンから新しくU-21リーグが創設されることで若手を伸ばす機会が創出されるのではないでしょうか。
そのとおりです。百年構想リーグでは若い選手を積極的に起用したりしながら、チームとして新陳代謝を進めるところにもチャレンジしていいと思います。我々はかつてU-23チームを持っていて、そのことがクラブの成功体験として残っています。当時はまだ私はクラブにいませんでしたが、そこで成長した選手が本当に多く、クラブにとっては同様の仕組みが必要だという認識はありました。そこにJリーグから参加の提案が届き、我々にとっては参加しないという選択肢はありませんでした。
──アカデミー出身選手が中心となってトップチームを編成するのはJクラブにとって理想の形とも言えます。
これまでもアカデミー出身の選手がトップチームのレギュラーとしてずっと活躍するような状況はなかなか作れず、期限付き移籍によって経験を積ませる選択をしてきました。佐藤龍之介選手(ファジアーノ岡山へ育成型期限付き移籍し2026シーズンより復帰)のケースもまさにそれです。彼のように他クラブで活躍し、実力を証明してくれたことは非常に良かったと思います。ただ、彼らの状況や情報は常に把握しつつも、自分たちの手元でしっかりと成長を確認できない歯痒さもありました。U-21リーグが創設されることで、そういう状態が変わる可能性が高いと考えています。
──2025シーズンのビジネス面についても聞かせてください。まだ決算前ですが、売り上げについて、今の時点で言えることはありますか。
2024年度の売上はギリギリ70億円に届かなかったのですが、2025年度は各事業ともしっかり伸ばしてくれたことで売上が70億円を超えると見ています。そのなかには海外移籍した選手が残してくれた移籍金もあります。2024シーズンは松木玖生選手が大きな額を残してくれましたが、2025シーズンも同様に複数の選手がクラブにお金を残してくれました。
2022シーズンに私が代表取締役に就任した時、コロナ禍の影響もあって売上は40億円台にとどまっていましたが、そこからのリバウンドで回復して以降、急ピッチで成長してきました。しかし、その成長スピードはここに来て落ち着いてきたと感じています。そういう意味では、ここからどうクラブを成長させていくかが課題になります。
──その課題はどうすればクリアできるのでしょうか。
これは最近ずっと言っている話なのですが、やはりフットボール面の成功がなければ、ビジネス面も次のステージには進むことができません。1試合あたりの平均入場者数を見ていくと、おかげさまで31,000人を超えるところまで到達しています。のべ数字では600,000人を記録しました。本当に多くの方に来ていただけたのですが、その数字を右肩上がりに増やしていこうとすると、やはり多くの方に勝つ試合と、その試合でのスタジアムの雰囲気を体験してもらう必要がある。ピッチ上のチーム作りだけでなく、その期待値を高めて、ファン・サポーターのみなさんとの関係もさらに積み上げていく部分が必要だと考えています。

──成長戦略として掲げている『VISION2030』におけるフェーズで言うと、『コロナ禍からの脱却』、『再成長』を経て、2026年からは『東京攻略』という“フェーズⅢ”に入っていきます。
クラブとしては2026年から2028年の3年間を、“東京攻略”というフェーズに置いています。わずか3年間の目標としてはおこがましいのですが、気持ちとしてはスタッフ間でも、どうすればそういう状況にできるかを議論しています。ここについて一つ具体例を挙げるとすると、スポーツ分野において「東京を代表する存在になる」ということです。ある調査によると、現時点の一番はプロ野球の読売ジャイアンツ、次点は東京ヤクルトスワローズだそうです。それでも、「東京のスポーツチームと言えば?」と問われた時に、30歳以下の若年層においては、東京ヤクルトスワローズよりもFC東京が上にくるという結果もあります。我々としてはさらにジャイアンツを超える認知をとっていきたい。ここからの3年間でどこまでいけるかは分かりませんが、一つの重要なマイルストーンと位置付けて取り組んでいくということです。
──『東京攻略』を進めるためには、試合結果の他にどのようなアプローチが必要と考えますか。
中心的な価値はやはりピッチ上にあるので、結果で見せていかなければならないのは先ほども説明したとおりです。それによってメディアに取り上げていただく機会は増えますし、選手の露出や話題提供につながっていく。フットボール面でクラブを牽引しながら、東京全体に認知を浸透させていく形がベースです。
その一方でホームタウンである東京都を中心とした自治体との連携やスクール活動、社会連携、サステナビリティ系の活動なども数多く取り組んでいます。クラブの実像はピッチ内だけにとどまらず、もっと大きいものです。それらを等身大で見せていくことで、もっとたくさんの人に価値が伝わるはずですし、そこから広がっていくこともある。我々はどうしてもサッカーでつながりの強い方々と向き合う機会が多いですが、実はクラブに関わってくれている方はたくさんいて、その輪をもっともっと広げられるはずだと思っています。そういう方々にもFC東京の試合を見て、応援してもらえるようにならなければ、ジャイアンツを超える認知をとっていくことは難しい。ここは積極的にチャレンジしていきたいと考えています。
──集客面では2024シーズンの32,000人台から平均で1,000人ほど減少しています。ここはどういった理由が考えられますか。
まずは国立競技場での試合開催の回数が1試合少なかったのと、あとは前半戦のホームゲーム開催日に悪天候の日が多かったことが影響していると考えています。一見、数字が下がったように感じますが、そういった明確な理由もありました。2019シーズンは優勝争いをしたことで大きく集客を伸ばしましたが、それが我々の考えている基礎値です。現状、その水準までは達しています。今、浦和レッズが平均観客数で我々よりも5〜6,000人ほど多いですが、東京も優勝争いをすることでそこに近付けると思っています。そのためには観戦に来てくれた方々に「応援したことでチームが勝つ」という強烈な成功体験を数多く提供することが肝要です。みなさんには自分のお金と時間を割いてスタジアムにお越しいただくわけですから、それに応えるような応援しがいのあるチームでなければならない。もちろん一年間を通じて見ていくと喜怒哀楽はあるものですが、“喜”や“楽”が数多く残るような結果を積み上げていくことが必要だと思います──。

──シーズン移行がビジネス面や集客に与える影響についてはいかがでしょう。
そこは初めてのケースなので完全には整理できていないのですが、ポジティブな要素とネガティブな要素が両面あると見ています。ポジティブな側面としては、ファミリー層が増えると予想しています。春や秋の試合開催が増えることに伴ってデーゲームが増え、家族連れ観戦がしやすくなるわけです。ナイトゲームの場合は子どもたちの帰る時間を考えたり、日曜日の場合は翌日が平日となると来場が難しいですからね。ですので、今後はファミリー層に向けた施策を今まで以上に重視していこうと考えています。そうすれば未来のファン・サポーターを増やすことにもつながります。
一方でネガティブな要素としては、寒い時期の試合が増えること。そしてウインターブレークによって2か月くらいリーグ戦に中断期間が発生する点が挙げられます。どうしてもシーズンにおける“線”が途切れてしまうので、いざ再開する時に、チーム側にも見る側にも、もう一度スタンバイの状態を作る必要が出てきます。それはやってみなければ分からない部分ですが、ピッチ上もスタジアムも「再開を待っていました」という状態にしなければならないと思っています。
──クラブとしては今年、練習場の移転という大きな発表がありました。改めてその理由と現状を聞かせてください。
先ほどからお話ししている、フットボールへの投資にどのように注力していくかという考えの一環です。現在のクラブハウスは、東京ガスさんの特別な計らいによって利用させていただいているもので、こちらの要望も採り入れていただきながら施設として善処してもらっています。ただ、ピッチは素晴らしいのですが、クラブハウスに関してはどうしても足りない機能があります。例えばリカバリー設備がそうです。負傷してしまった選手やリハビリ中の選手のケアを含めて、対応できる設備をJ1の最高水準に持っていきたい。選手との面談やミーティングをするような部屋の数も不足しています。私が社長に就任して以来、そういった部分を考えた時に、クラブハウスを改善する必要性を強く感じていたところでした。
──調布市への移転は、どういった流れで決まったのでしょうか。
クラブハウスの機能を高めたいとなった時に、まずは東京ガスさんとお話ししながら現在の施設を改修させていただくプランを検討しました。一方で、今回発表した調布市内にある国有地はこれまでも認識はしていて、調布市としては公園を整備したい意向があり、スポーツ公園にするという計画があると聞いていました。そこで、一緒に取り組むことができるかという申し入れを正式にさせていただいた。その結果、クラブとしても投資をすることを含めて、一緒に施設整備をするプランを描くことになりました。
小平のアップデートプランも検討していたのですが、既存施設の改修となることで土地の制約もあって、少しの増築が限界で、建て替えることまではできなかった。調布のほうは交通の利便性に加えて、クラブハウスもほぼフリーハンドで必要なものを組み込んで設計ができる可能性がありました。これから土地の取得はもちろん、議会での承認や市の予算を投下して整備をしていきますから、市民のみなさんにご理解をいただく必要もあります。我々としても筆頭株主のMIXIから協力を得ながら作っていくことになりますので、移転に向けて着実に進められるようにやっていきたい。調布市も一般の方々からの寄付などを受けられるような制度も検討されていると伺っているので、我々のファン・サポーターのみなさんを含めた多くの方々にご協力いただけると幸いです。
──練習場の移転も『東京攻略』に関わってくるのかもしれませんが、ほかにも温めているプランなどはありますか。
これはまだ検討段階ですが、私が就任してからずっと考えていることに女子チームの設立があります。FC東京のクラブミッションやビジョンでは多様性を掲げていますし、もちろんFC東京のスクール生にも女の子は在籍しています。普及部のコーチにも女性スタッフが増えています。東京のクラブで見れば、東京ヴェルディもFC町田ゼルビアも女子チームを持っています。東京のJ1クラブで持っていないのは我々だけです。FC東京という名前を掲げて戦っている以上、女子チームを持つべきだと思っています。
これは日本国内に限らずですが、海外のクラブからもFC東京と連携して一緒にやりたいという話がくるなかで女子チームについて聞かれるケースが増えています。そこで持っていないと答えると「なぜ持っていないのか」と驚かれる。世界中で多数のクラブが女子チームを保有しているなかで、我々にもそこが求められているという実感もあります。東京という世界に誇れる巨大都市で、首都・東京をホームタウンとするクラブで、その名前を背負っているのに、「女子はやっていません」とは言えない状況になっています。もちろんWEリーグの大変さなどは伝え聞いていますので、女子サッカーの発展にも寄与できればとも思っています。そういった経緯もあり、我々が『VISION2030』の新しいフェーズに向かうタイミングで具体的に女子サッカーチームを立ち上げる準備を進めていきたいと考えるようになりました。いつまでも棚上げはできないですし、どういった形が良いのかは我々も検討していきます。
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2024年度決算報告とクラブの現在地(前編)
2024年度決算報告とクラブの現在地(後編)
2024シーズン総括 ビジネスとフットボール(前編)
2024シーズン総括 ビジネスとフットボール(後編)
2023年度決算報告とクラブの現在地(前編)
2023年度決算報告とクラブの現在地(後編)


