あの熱に応えろ<br />
39 NAKAGAWA TERUHITO

COLUMN2025.8.21

あの熱に応えろ
39 NAKAGAWA TERUHITO

心奥の煮えたぎる熱源が、鮮明な苦い記憶を呼び起こす。

仲川輝人に「前回対戦のアウェイで行われた明治安田J1リーグ第19節京都サンガF.C.戦の話を聞きたい」と向けた。

すると、ポツリと「0-3の試合か……」とつぶやき、吐き捨てるように「いやぁ何もない試合だった」と漏らした。

当時は浦和レッズ、サンフレッチェ広島に連敗し、チームは最悪の状況に陥っていた。相手にハイプレスの餌食となった前節の広島戦の反省を活かし、京都戦は「チームとして10〜15分はつなぐよりも相手の裏のスペースに蹴って、そこからつないでいこうと話していた」というプランで臨んだ。


その計画どおりにゲームを進め、前半15分過ぎからは丁寧にパスをつなごうとした。だが、さらに京都の激しいプレッシャーを受けたことで、簡単に前線に蹴り込む時間が続いてしまう。

「その時期はつなごうとした時に奪われて、それが失点につながっていた。ディフェンスラインは無理につなぐことなく、ちょっとセーフティにやろうとしていて。だから、つなぐ意識はあったけど、結局ロングボールを使用する形になってしまった」

結果、京都の土俵に乗ったまま時間は進み、最後まで活路を見いだせず。0-3の完敗を喫する結果となる。

「リーグ前半戦最後のゲームだったのに、まだまだ試行錯誤も続いていた。人と人の距離感や、ポジショニングのバランスが正直全然できていなかったという表現が正しいと思う」

その試合後だった。下を向きかけた選手たちの顔を上げようと、アウェイのゴール裏から「いつもオレらがついてるぜ」という熱いチャントが何度も繰り返し響く。仲川は整列してあいさつしようとするキャプテンの小泉慶を制止し、「慶、聞こう」と促した。

「オレがファン・サポーターの声を最後まで慶に聞くように促したのは覚えています。いつも一緒に戦ってくれているし、その期待に応えなきゃいけないという想いはもちろんある。自分自身もシャドーでどういう動きが効果的なのかを模索していた部分も大きくて、状態が上がってこないというか、感覚的にも良くなかった。でも、ファン・サポーターの声を聞いて、まず気持ちで戦わなきゃなって、オレ自身は感じた」

その光景が目に焼きつき、グサリと胸に刺さった。

そこからチームは6月の特別移籍期間中にキム スンギュ、室屋成、アレクサンダー ショルツ、長倉幹樹を補強。システムも4バックに変えて底を脱し、チーム状況は上向きつつある。

「正直、幹樹が入ったことで前線がやりやすくなった部分はある。人と人との組み合わせやシステムの変更とか、いろいろな要素はあると思う」

仲川は「でも」と言い、その前提として、あの日の京都で気付かされた想いがプレーを変えたという。背番号39が続ける。

「それ以前に戦う気持ちを前面に出していかなきゃいけないという危機感で、プレーの中身が変わったと思います。勝てない時にどうやってチームやファン・サポーターに対して自分の存在を表現していくのかをずっと考えていた」


昨シーズンに大苦戦した夏場の戦いで勝点を拾えているのは、苦しみながらも積み上げてきたことが形になりつつあるからだ。

「後ろにも新しく選手が入って、4バックにして少しスムーズになった。安定もし始めている。様々な要因はあるとは思うけど、今までやり続けてきた3バックでも4バックでも継続して、相手をいなすことや相手を動かすことを重要視してきたことが少しずつ実を結び始めている」

ただし、ここ2試合は鹿島アントラーズに惜敗し、前節の湘南ベルマーレ戦では終了間際の失点で同点に追いつかれて勝利を逃してしまった。怪我人続出で台所事情は苦しいが、今回の京都戦で3試合ぶりの勝利を飾ることができれば、再び上昇気流に乗れるはずだ。その機運の高まりを仲川は口にする。

「どの試合もそうだけど、勝つことによってみんなに自信がついて、チームは自然と良くなっていく。負けている時や勝てる試合を落としている時は、負のスパイラルに入りがちになる。自信を持って、少しずつではあるけど、このサッカーを楽しんでできているんじゃないかと思う」


アウェイの地で受け取った熱は、まだまだ返せていない。今節、京都は強度の高いサッカーで首位を奪還して、意気揚々と味の素スタジアムに乗り込んでくるだろう。迎え撃つクールな男は、再戦を前に吐き出す言葉にボッと火をつけた。

「もうやられたことをやり返すしかないでしょ。その熱じゃないですか。浦和戦の前にも同じことを言ったけど、0-3で負けているし、その借りは結果で返すしかない。そういう世界だし、そういう熱さを持ってやっていくしかない」

あの日の借りを返す。

“あの熱に応える”のは、それをやり遂げた時だ。


(文中敬称略)

Text by 馬場康平(フリーライター)