木村誠二は今夏に海を渡り、彼の地へとたどり着いた。
そして、ベルギーのジュピラープロリーグ第4節セルクル ブリュージュ戦の後半開始から途中出場し、海外デビューを飾った。前半だけで3点のリードを奪われたチームは後半25分に1点を返したが、試合終了間際にも失点して1-4で敗戦。ほろ苦い一歩から新たなキャリアを踏み出した。
「試合の展開やスピード、選手個人のパワーやスピードもめちゃくちゃ高いと感じた」
そうデビュー戦を振り返ると、「でも」と言ってこう続けた。
「今までやってきた筋トレや、練習がちゃんと生きていて、手応えもそれなりにありました」
その言葉の心奥には、これまで自身と深く関わってきた人たちへの感謝の思いが込められていた。
青赤のアカデミースタッフが手塩にかけた才能が海を渡った。
木村誠二は手のかかる選手だったが、それだけ多くの人に可愛がられてきた。彼に関わった指導者の誰に聞いても第一声は「あいつは本当に」と小言から始まり、「でも本当に期待している」で話が終わる。そういう選手だった。
同学年の久保建英というトップランカーに刺激を受け、当時の彼らは欧州挑戦をプロ入り前から意識してきた世代だった。その念願が叶い、ベルギー1部のKVCウェステルローへの完全移籍が決定。旅支度を整えた木村に「良かったね」と声を掛けた。すると、噛み締めるように言った。
「楽しみですね。やっと海外に一歩を踏み出せるので。これが良い選択だったと言えるように頑張りたい」
木村は2020シーズンにトップチームに昇格すると、京都サンガF.C.からSC相模原、モンテディオ山形と多くの時間をJ2リーグのクラブで過ごした。プロ入り後は決して順風満帆な日々ばかりではなく、青赤を身にまとって出場した試合では何度も凹まされた。

そのたびに、彼の周りには手を差し伸べて前を向かせてくれる人たちがいた。それだけ木村の才能に惚れ込んだ人たちがいたのだ。アカデミー時代からフィジカル能力に長けた木村のプレーを好きだという指導者たちが何度も尻を叩き、背中を押してきた。
多くの期待を集めながら回り道をしてきた彼に、大きな転機が訪れた。昨シーズン、期限付き移籍したサガン鳥栖で、初めてシーズンを通じてJ1リーグで主力に定着。夢舞台だったパリ五輪にも出場し、世界の空気を目一杯吸った。
今シーズンからは再び青赤に復帰すると、細かい負傷などもあって明治安田J1リーグでは9試合出場にとどまっていた。
7月下旬にKVCウェステルローからの興味を伝えられると、わずか1週間足らずで交渉が進み、気付けば荷物を持って機上の人になろうとしていた。そんなスピード感だった。
新天地は6年前にトルコ人実業家のオクタイ エルジャン氏がオーナーとなり、ヨーロッパの“ショーケース”に例えられるベルギーのジュピラープロリーグで典型的なクラブ運営に力を入れてきた。24歳という年齢は決して若いとは言えないが、「それでも獲得したい」という熱意に押された。
「ウェステルローも(自分自身の)ステップアップのためにぜひ我々を利用してほしいという言い方をしてくれている。今で言えば(ステップアップ先は)プレミアリーグですけど、それが今後はスペインのラ リーガやドイツのブンデスリーガにとって変わるかもしれない。未来は分からないですけど、トップレベルのリーグでプレーしたいという想いはずっと昔からあったので。ウェステルローは良いチームですけど、ベルギーで終わるつもりはない」
だから、「もう僕には時間がない」と言い、こう続けた。
「ワールドカップを考えるなら年齢的にもスピーディーにステップアップしなければいけない。次の本大会は来年に開催される。ベルギーで圧倒的な結果を出さなければ、出場は難しい。ただ、その先を見据えると、2年でステップアップして、そこからさらに2年でもう一歩上へとステップアップしなければ目標には到達できない。それくらいのスピード感でいかないと、トップオブトップまでは辿り着かない。センターバックのピークは28歳から30前後だと思うので、4年後のワールドカップでその年齢になる。そこから逆算したスピード感は、常に意識してプレーしていきたい」
夢や希望を荷物一杯に詰め込んで旅立った。時を同じくして、学年は一つ下ながら同期の野澤大志ブランドンも同じリーグのクラブへと移籍した。切磋琢磨は続く。

「もちろんデカい目標で言えば、日本代表とワールドカップ出場。トップレベルのチームに行ってUEFAチャンピオンズリーグに出場する。そこはめざしているし、同期には負けないようにしたい。まあ一人飛び抜けた同期がいるんですけどね。久保建英っていう」
陸続きの欧州で上をめざしていけば、背中を追い続けた久保とピッチで再会する機会は訪れるかもしれない。木村は目を輝かせて言った。
「きっとあると思います。そうなれたら良いですし、あいつのほうがレベル的には全然上なので。ただ、その機会で止めちゃえば、自分の評価も上げられる。それを楽しみにしつつ、自分のプレーをしっかりと表現できるように頑張りたい」
旅立つ木村に「期待と不安のどちらが大きいか」と聞くと、「期待です。不安はほとんどないです」と言い切った。
ただし、「心残りが一つある」と言った。
「ファン・サポーターのみなさんに挨拶ができなかったことは心残りです。タイミング的にも天皇杯があって、しかもアウェイだったので、チームメイトも見送りに来られなかった。でも、今生の別れではないから」
旅立ちの挨拶の代わりに伝言を預かった。
「ファン・サポーターの方々には本当に感謝の気持ちを伝えたいです。期限付き移籍を繰り返すなかで、そのたびに『期待しているよ』とか、『応援しているから頑張ってね』とたくさんの声を掛けてもらいました。今シーズンは自分が出ている試合でなかなか勝てなくて苦しい状況が続いていましたけど、今は4バックに変えて、(アレクサンダー)ショルツも加入してチーム状態が上向いてきています。まだまだ東京は上に行きます。苦しい時期でも応援し続けてくれたみなさんに感謝の思いで一杯です。僕のユニフォームを着て応援してくれた人もいたし、手紙やSNSでメッセージを送ってくれる人もいました。それらすべてに目を通してきました。その言葉に僕は救われてきた。あらためて感謝の気持ちを伝えたいです」

回り道は何度もした。それでも立ち上がるための言葉や、背中を押して勇気を与えてくれた人たちの想いを背負ってヨーロッパへと乗り込む。
「ようやく上向いてきたからこそ、この流れを大事にしたい。言い訳をするつもりもありません。結果で物事を見た時に、自分で考えて行動に移せる人間になりたい。やっぱりめざすならナンバーワンのディフェンダー。ただ、“ナンバーワン”って主観だから、『データで見て』なんてことは言わないです。誰かが『このリーグのディフェンダーで良い選手を挙げるなら』と聞かれた時に、自分がその候補に入れるような選手になりたい」
今回の移籍が決まり、自分が関わってきた一人ひとりに丁寧に挨拶をして回った。直接会えない人には片っ端から電話を掛けて報告した。
「いろいろな人に期待してもらっているし、応援してもらっているので、その想いも背負ってしっかりと活躍していきたい」
最後まで手がかかったと、青赤の裏方たちは肩を回してフゥーっと長い息を吐き出し安堵した。本当はその成長をもう少し近くで見守りたかったという本音もあるだろう。だからこそ、もっと大きくたくましくなってこいと、みんな笑顔で誠二を送り出した。
たくさんの愛情を込めて。
(文中敬称略)
Text by 馬場康平(フリーライター)


