オレの見せ場はここからだ

COLUMN2025.5.09

オレの見せ場はここからだ

“東京のアニキ”の背中が誇らしく思えた。風貌から来るアニキ “キャラ”から脱却し、小泉慶は今、青と赤を背負う本物のアニキになろうとしている。

言葉は飾り気がなく、いつも相手を気遣うように吐き出される。そのプレースタイルにも、どこかそうした空気を纏ってきた。1試合平均で13km近くを走破し、縦横無尽にピッチを駆け回る。ただし、そのほとんどが誰かのミスをカバーするためや、サポートのための動きに費やされる。チームを下支えする黒子の印象も強い。よく口にする「正直、チームが勝てれば何だっていい」は心根から出てくる彼のフレーズなのだと思う。


その献身性の塊みたいな選手に今シーズンは開幕前から小さくない変化が起きていた。沖縄キャンプ中は日々ピッチに居残り、若手、ベテランを問わず、熱心に助言を求めていた。そうした行動の一つひとつからも成長への飢えを感じさせた。今年4月に30歳を迎え、「サッカー選手として、人として、一人の男としても、もう一回り大きくならないといけない」と誓いを打ち立てた。まだまだ足を止めず、三十路街道を突き進む。そんな小泉に、松橋力蔵監督はキャプテンマークを託した。

しかし、そこに待っていたのは、決して順風満帆な日々ではなかった。

開幕から3試合にフル出場するも、以降はチーム事情からベンチスタートが増えていく。2025明治安田J1リーグ第7節 川崎フロンターレ戦からは3試合を欠場。その間に、チームは8戦未勝利の長いトンネルに迷い込んでしまった。

「開幕戦や第3節の名古屋グランパス戦には勝ったけど、自分では納得のいくパフォーマンスはできていなかった。今シーズンは開幕からうまく入れていなかった。そこから怪我をしてスタンドの上から試合を見ていた。チームには相当迷惑を掛けてしまった」

第12節ガンバ大阪戦で先発復帰を果たし、チームは3-0でリーグ戦9試合ぶりの勝利を挙げたが、続く清水エスパルス戦では再び先発から外れ、「まだまだ足りない」と焦りを募らせていた。

プロとしての出発点でもあったアルビレックス新潟との第14節を前に、小泉はどこか思い詰めた様子だった。腕章を巻く自分が「チームを勝たせることが全くできていない」と言い、長い息を吐き出した。自らに「ここが勝負どころだ」と言い聞かせ、勇躍して新潟に乗り込んだ。


内に秘めた覚悟を口にしたのは、キックオフ直前の円陣だった。

「ベテランの三人がいないけど、いつまでも頼りっぱなしじゃいけない。あの三人が不在のなか、ここで勝つことがこれからの東京にとっては大切だから」

長年、東京をけん引してきた森重真人や東慶悟、長友佑都が怪我やコンディション不良で揃って不在となった一戦。これからの東京を背負う責任が、そう言葉にさせた。

そして、その一戦で新たな挑戦に打って出る。この日、右ウイングバックでスタメン出場した小泉は、ビルドアップ時に大胆なポジション変更を見せた。サイドから中央に入り込んで組み立てに加わると、それに合わせて土肥幹太が右ストッパーから小泉の空けたスペースを巧みに埋める。数的不利な場面を作られそうになると、前線の佐藤恵允をプレスバックさせて守備の破綻を防いだ。

「試合前から恵允と幹太とは話をしていた。二人がほぼぶっつけ本番で臨機応変に対応してくれた。ずっと中央に居座っても邪魔になることもあるので、そこは絶妙なさじ加減が必要になる」

立ち位置が目まぐるしく変わる東京の選手たちを新潟は捕まえ切れず。徐々に主導権を握ることにも成功する。この大胆な行動には理由があったという。それは自身がボランチで出場した時、窮屈に感じていたからだった。


「どうしたらもっと距離感良くプレーできるかを考えていた。自分自身もターンして顔を上げても、みんなちゃんとポジションをとっているのに、ちょっと出しづらく感じていた。シャドーの選手が落ち過ぎてもゴールから離れてしまうし、プレーの幅を狭めてしまう。その間を埋める役割が必要だと感じていた。ウイングバックなので基本的にはサイドに張らなければいけない。でも、そこにちょっと顔を出すことでチームにわずかな余裕が生まれる。ボランチの選手の気持ちも分かるからこそ、どうにか攻撃でボランチを手助けしたいという想いからの行動だった」

この“三人目のボランチ”が、高宇洋と橋本拳人の二人を前向きにする状況を作り出していた。安定してボールを運べたことで、これまでよりも2シャドーがより前線で力を発揮。松橋監督は「最適解はその場にある」と言い、当意即妙な小泉のポジショニングを否定しなかった。

「色々なアイディアを持つことは大事ですし、我々が伝えていることを100パーセント機械的にこなしていては、彼らの想像力やアイディアを押さえ込んでしまうかもしれない。チームのベースを理解してやっていることなので、ベースを無視しているわけではないと思います」


キャプテンの新たなトライが、チーム全体に伝播するように火を点けていった。松橋監督は「言われていることはできるけど、それ以外の発想が出てこない」と話していたこともあり、壁を打ち破る存在を待っていたのかもしれない。それを蹴り破ったのが、悩める小泉だった。

「すべては状況が教えてくれる」

ボールの動きと互いの盤上の配置。その一瞬を読み解き、同じ絵を描けるかだ──。

1-0で迎えた後半6分だった。右サイドで小泉がこぼれ球を拾った瞬間をチーム全体が見逃さなかった。これを土肥が前向きで受けると、ドリブルで一人交わして前進する。高にボールを預け、ゴール前へと二人は駆け上がる。その後、左サイドに展開して遠藤渓太のクロスを佐藤が競り合い、こぼれたボールを再び小泉が拾ってつなげた。


そこからの二次攻撃が同7分のチーム2点目につながった。小泉が右ワイドで受け直し、ゴール前へと潜り込む。ボールを預かった土肥は佐藤とのワンツーで抜け出すようにゴールに矢印を向け続けた。この動きに合わせて小泉が隣を併走。横パスを受けると、最後は一人を外して右足でゴールへと流し込んだ。

「よく練習からもパスを出したら止まらないように言われていた。幹太があそこまで高い位置に来てくれたことも大きい。パスを出した後に幹太も自分も止まらずに動き続けたことが良かった。あそこまで入ったことがつながった。あの位置まで入っていくことには怖さもある。たとえスペースが狭くても、ああいうところに差し込んだり、潜り込んだりしていかないとああいうゴールは生まれない。得点数を増やしていく上でもああいった動きは続けていきたい」


チームのために走ってきた小泉の背中に吸い寄せられるように、一人また一人と最適解を見出した瞬間、複数の選手が絡む美しいゴールが生まれた。指揮官は震える手を握りしめて喜びを表した。そして「この慶のプレーが何かのシグナルになってほしい」と考え、こう続けた。

「僕は最終的にはゴールがどこにあるのか。どこにダメージを与えなきゃいけないか。クロスボールも一つですけど、割って入っていくことは選手にも求めている。観ている人もワクワクする。迫力もあってテクニカルだし、アイディアがある。そこに(相手が)人数が何人いようが関わりを持って入って、的確な判断と完璧なスキルが発揮すれば、ああいうカタチは生まれる。そこに行ったことで見えたモノがあった。行かなかったら一生見えないままだった。そういうトライは素晴らしかった」。

その後は互いに点をとり合い3-2で試合終了が告げられた。すべてがうまくいったわけではない。課題も収穫もあった。試合後、口を吐いて出たのは反省の言葉ばかりだった。小泉は一息吐くと、表情には喜びよりも安堵が広がった。

「今シーズンの序盤はチームを勝たせるプレーが全くできていないと自分でも思っていた。それを感じていたからこそ、目に見える結果をしっかりと出して勝つことが理想だった。今回それをできたことは良かったけど、試合の終わらせ方はちょっと……。個人的には勝負どころだったし、ここで何か違いを見せなければ生き残っていけないと思っていたから。ただ、ここからが本当の戦い。下で争うか、上位に浮上できるかは今月の戦いで決まる。それくらいの覚悟を持って1試合1試合を戦いたい」


灯した火をどう燃え上がらせるか、だ。指揮官は小泉の成長への飢えをくすぐるように「サイドでもボランチでもスペシャルな存在をめざせ」と伝えた。それに応じるように、小泉は言った。

「オレの見せ場はここからだと思う」

青赤と小泉慶の未来はこの試合から変わった。そう呼ぶには、ここからいくつ成功体験を積み上げられるかだろう。ネンイチ……いやいやハイライトはここから。幕間は一刻。舞台は続く。

 

(文中敬称略)

 

Text by 馬場康平(フリーライター)