もがき続けてきた。安斎颯馬は報われない努力だってあることを知っている。得ては失うという厳しい現実は、プロサッカー選手であり続ける世界に転がる日常だ。ファンファーレの鳴る景色の陰で、懊悩する日々を送る選手たちがいる。
「自分はサイドバックとして生きていきたい」
そう言葉にしながらも、今シーズンはチーム事情から様々なポジションで起用されてきた。シャドーや左右のウイングバック、サイドハーフに加え、3バックの左ストッパーで出場した試合もあった。思いどおりにいかない現実を受け入れ切れず、一時は大きくコンディションを崩してピッチから遠ざかる時期もあった。
それでも、よく帰ってきた。散々、自らと向き合って、やりたいプレー、試したいことを見つけた。与えられた場所と時間で、それを最大限披露し続けるしかないと安斎は決めたのだ。

「苦しい時間は続いている。モチベーション的に難しい時期は今も続いているのかもしれない。そのなかで、いろいろな人が話してくれたし、自分自身も割り切ってやると決めた。試合に出ようが出まいがやることは変わらない。ひたすらピッチで自分の存在を示し続けるだけだと思う。そこは変わらずやり続けたい」
そうやって11月9日、FC町田ゼルビアとの2025明治安田J1リーグ 第36節で国立競技場のピッチに立った。出番がきたのは後半24分。相手ベンチ前には青森山田高校時代に指導を受けた黒田監督が立っていた。言葉の代わりに握手を交わした。
試合開始から一瞬の油断も許されない、息つく暇のない展開が続いていた。激しい球際の攻防のなか、全員が身体を張って町田の波状攻撃に耐え続けた。今シーズンの安斎自身と重なるような試合展開でもあった。
それが後半42分に報われる。自陣で拾ったボールを複数人でつないで運ぶ。途中、相手に阻まれながらも、またこぼれ球を拾う。佐藤恵允が左サイドを抜け出た瞬間だった。逆サイドを走る安斎が前方のスペースを指差してボールを要求した。
「恵允が抜け出した瞬間、自分の前には空いているスペースがあった。最近はサイドバックをやっているけど、あそこに入っていくのは昨シーズンからやり続けてきたこと。あそこにいるのが自分の役目だし、自分のゴールでチームの勝利に貢献できて良かった」

そこからは無心だった。
「何も考えずに蹴った。あんなの狙えないよ。左のクロスを右に狙ったら絶対に外しちゃう。だから、たまたまだったけど、無心で蹴ったらゴールキーパーの脇下だった。簡単なシュートではなかった。その前のピンチを全員で防いでいたし、全員の気持ちが乗ったゴールだったと思う。身体が勝手にゴール裏に走っていた。いろいろな想いはあるけど、最高の瞬間だった」
ゴールネットが揺れるのを見届けると、気付けばゴール裏へと走り出していた。後を追ってきた仲間たちからの手荒い祝福を受け、もみくちゃにされる。それが解かれた瞬間、両手を広げるゴールセレブレーションで青赤の歌唄いたちの声援に応えた。

「あれは(松木)玖生のレインメーカーだよ。オレはあいつの後釜なので(笑)」
今シーズンからイングランド2部、EFLチャンピオンシップのサウサンプトンFCへと戻った松木は、遠く離れた場所でピッチに立てない日々を過ごしている。青森山田高校と東京で同じ時を過ごした後輩が、自分かそれ以上に苦しんでいる。そこに向けた、安斎なりのエールでもあった。
「選手は試合に出てナンボなので、自分が試合に出られないのは、まだまだ何かが足りないということ。僕が試合に出るためには数字で示すしかない。残り試合は少ないけど、スタートでピッチに立てるなら自分にとっては価値だと思っている。1分でも多く出られるように掴み獲りたい」
喜ぶのは一瞬だった。試合終了の笛と同時に、笑顔はその場に捨てた。16日には再び同じ国立競技場で、町田との天皇杯準決勝を控えているからだ。

「対町田は3連敗で、自分は人一倍悔しい思いをしてきた。今日は一つ返すことができたけど、自分はここじゃないと思っている。来週には今日より難しい試合がまた待っている。気持ちは次に向かっている。来週も今日のような景色が見られるように1週間準備したい」
最高の景色には映らない日常と、報われない努力がある。苦しい今日の続きは、また明日も続いていく。それでも安斎颯馬はファンファーレが鳴り響く景色を見るために挑み続ける。たまのご褒美があると信じて──。
(文中敬称略)
Text by 馬場康平(フリーライター)







