500試合の矜持

COLUMN2025.6.25

500試合の矜持

500試合──。

森重真人が積み上げたJ1リーグ通算出場試合数は、ついに史上11人目の大記録に到達した。2006年3月12日のJ1リーグ第2節サンフレッチェ広島戦を第一歩とした彼の歩みは、決して平たんな道ではなかった。


「振り返ってみても苦い思い出の方が多いのかなって。でも、それも自分らしいのかなと思うけど」

記念となる500試合出場を達成した2025明治安田J1リーグ第20節のセレッソ大阪戦は2-2の引き分けに終わった。

「苦い思い出になったかな。勝って祝いたかったけど、2得点を奪いながら、たやすく2失点してしまったのはディフェンダーとしては反省しなければいけない」

続くアウェイでのガンバ大阪戦にも出場し、記録は歴代10位タイの501試合まで伸びた。「記録はあまり意識してこなかった」と言うが、振り返れば途方もない時間でもなければ、あっという間でもなかったという。

「早くはないよね。でも、時間が掛かったとも思っていない。でも、いざ500試合出場を達成している選手は10人くらいしかいないと聞いて、あらためて何かすごい記録なのかなと思う。いろいろ聞いたことで、ようやく自分でもちょっと実感が湧いてきた」


どれだけ丁寧な日々を積み上げても、怪我はいつも隣り合わせ。そこは毎日の練習で試され続けてきた。“ポスト森重”を高らかに掲げて挑んでくる若い才能は何人もいた。そうした選手に打ち勝ち、試合出場の権利を勝ちとって積み上げた記録でもある。だからこそ、本人が達成の要因をこう挙げる。

「一番はやっぱりライバルや仲間の存在が大きかったかなと。プロに入って同い年や同世代で1年目や2年目から試合に出ている選手もいた。そういう姿を見て悔しい思いをしたから頑張ってこられた。200、300と試合に出ている時は日本代表に行って切磋琢磨しながらやってこられた」

視座を高めるなかで、見る景色も変わっていった。その度に、危機感や焦燥感を味わわせてくれる存在がいた。それも糧となった。

「400試合から500試合の間で同年代、同世代が一人、また一人と辞めていくのを見てきた。そのなかで頑張っている選手たちもいて、個人的にはそういう人たちに引っ張ってもらってきたし、彼らに負けたくない思いがあった。常に自分との戦いというよりも、そうやって仲間やライバルとしのぎを削ってこられたからこそ、今もこうしてボールを蹴ることができているのかなと思います」

「謙虚だな」。そう漏れ出た僕の言葉に、おうむ返しで「やっぱり謙虚でいないと」と反応する。記録達成の陰で、多くの時間を削り、犠牲も払ってきた。森重は「そうだね」と深くうなずき、こう吐き出す。


「特にこの3シーズンくらい、本当にいろいろなことを犠牲にしてきた。今までサッカーのために時間を費やしてきたから、35歳くらいまでは誤魔化せていた部分もあったけど、そこを過ぎたあたりからは普段の生活から練習が終わった後の時間の使い方も違ってきた。ケアやメンテナンスの時間もそうだし、量もここ数年で相当増えたと思う。よりサッカーのためだけに毎日時間を費やしている」

時には、家族との時間も削ってきたという。

「理解がないとできない部分もある。自分をそれだけサッカーに向き合わせてくれている。そこには感謝しかない」

何よりも丈夫な身体に生んでくれた、地元広島にいる両親への感謝を惜しまない。

「その時々で怪我もあったけど、ここまで続けてこられたのは両親のお陰だと思っている。500試合達成の試合も急きょ前日の夜に連絡があって、わざわざ東京まで観に来てくれた。自分がそうやって元気にサッカーをしていることが何よりの恩返しで、親孝行になると思っている。そういう姿はもっともっと見せていきたい」


これまでのサッカー人生で、語り切れない話もある。だけど、振り返るのは今じゃないと首を横に振る。根っからのファイターは、いつだって新鮮な気持ちを保つ。日々の戦いに備え、もぎたての野心を奮い立たせるのだ。

「どこまでかなんて……。もうこの年齢になると、先のことは見えない。でも、やるべきことを100パーセント全力でやってきたからこそ、今があると思う。そのスタンスが変わるわけではないし、今までどおりにやってきたことをまた積み重ねていきたい。ここからは自分との戦いでもあるし、年齢との戦いでもある。これからもいろいろな選手が加入してくるだろうし、ポジション争いは続いていくはず。その戦いに一つひとつ勝っていく。そのための準備や作業をやり続けていくしかないよ、こればかりは」

激闘譜に終止符を打つその時まで──。瑞々しさの宿る言葉を吐き出し続けるつもりだ。

「やっぱりあぐらをかくと、俺はダメになる。常に刺激をもらうほどに燃えるタイプなので、今もそうした環境にいられることはありがたい」

そこまでできる理由は一つしかない。

「もう俺はJ1リーグ優勝しか狙っていない。それをかなえたら、ゆっくりあぐらをかかせてもらうよ」


苦い思い出を塗り替える、歓喜の瞬間を今も希求し続ける。眠れないほど夢見てきた変わらないもの一つで、心から熱く生きられる。

それが『500』という途方もない数字を積み上げた森重真人の変わらぬ生き方だ。

 

(文中敬称略)

 Text by 馬場康平(フリーライター)