プロサッカー選手の日常は、毎日が試験の連続のようなものだ。それぞれが日々神経をすり減らし、競争を勝ち抜いた選手だけがカクテル光線を浴びるピッチに立つことが許される。それを選ぶ松橋力蔵監督は「僕の立場は難しい」と言い、こう表現する。
「使われる選手はハッピーだし、使われない選手は『なぜだ』と思う。彼らは自分の視点からいろいろな物事を見る。必ずフェアで、全員が同じ条件ではないという前提はあります。どこかではそれがある世界で、どうポジションを奪っていくかを考えた時に、それは生き方にもつながっていると思っています」
指揮官は、生き方につながる競争社会で、大切になる言葉を紡いだ。
「幸せや達成感とか、自分にとってポジティブなものだけを得ようとすれば、視野は狭くなります。それをどう見つめていくか。そこで自己評価が出てくる。他者の評価をどう受け入れるか、受け入れないかには自分の流儀が表れる。自分がどうしていくかを曲げずにやっていくことでお互いを尊重し合えると思います。あいつがああだったのに自分はどうだったとか、オレはこうなのにあいつのほうが……という視点ではなく、自分は自分でこうやってきている。そのうえで強みを出していく。それで選ばれなかった時でも、手を差し伸べることは“彼”の流儀だったのかもしれない」

そう松橋監督が呼ぶ“彼”が、このストーリーの主役、遠藤渓太だ。明治安田J1百年構想リーグEASTグループ第14節の川崎フロンターレ戦の試合前、自分に代わって7試合ぶりにスタメン出場する野澤零温に向けてこんな言葉を贈った。
「スタンドやベンチにいるみんなもお前の敵じゃない。期待されているから、ファン・サポーターに愛されているから、厳しい言葉も言われる。それって何も言われない奴よりも、ずっと大きな期待の表れだとオレは思っている。それを力に変えてこい」
第8節の東京ヴェルディ戦で今シーズン初スタメン出場を果たした野澤は、起用の期待に応えられずに唇を噛んだ。長いため息を吐き出す野澤を追い込むような心ない言葉もSNSに湧き出ていた。遠藤はそんな後輩を慮って声を掛けたという。
「零温に対する世間の風当たりの強さも分かっているつもりでした。そのなかで、こうやってチャンスが巡ってきたあいつを応援したかった。だから川崎戦ではどれだけ零温のことを持ち上げられるかを考えていた」
その一戦で、野澤が今シーズン初得点を挙げる。自身もこの5連戦で出場機会が巡ってくることを信じて毎日を過ごしてきたという。懸けてきたからこそ、遠藤の言葉に心が奮えた。
「たくさん選手がいるなかで、僕自身はまだまだレベルも結果も足りていないことも分かっている。ただ、自分は他の選手にない武器を持っていると思う。それを活かせるかどうかは自分次第。チームのためにやり続けることが、巡り巡って自分に返ってくると考えているし、自分を信じて自分の武器を磨いて表現することが一番大事だと思ってきました。試合に出たい気持ちはもちろんあったし、自分が出た時にどんなプレーをしたいのかも考えていた。ただ、やっぱり行動を起こさなければ現実は変わらない。(2024年1月に)東京に復帰してからは苦しい時間のほうが長かった。今シーズン最初の状況と変わらない日々をずいぶんと過ごしてきたから、やり続ければ必ずチャンスはくると信じていた。そのチャンスを掴む準備だけは日々やり続けてきた」

歓喜の瞬間が訪れたのは後半12分だった。佐藤龍之介が縦パスを差し込み、ボールを受けて前を向いた佐藤恵允がスルーパスを通す。それに抜け出した仲川輝人がエリア内に持ち込むと、混戦の中からこぼれ球を野澤が右足で押し込んだ。チャンスを横取りする形になってしまった仲川に手を合わせて謝ると、ベンチから駆け寄ってきた遠藤に抱きかかえられて手荒い祝福を受けた。
野澤は試合中も給水中に助言を求めるなど、遠藤を頼りにしていた。
「今の立ち位置はどうかなとか聞きに行ったり、そこは出ないほうがいいとか、もう少し前にとってもいいとか、いろいろアドバイスをしてくれた。ああいう選手が僕にとっては大きい。ライバルでもあるけど、尊敬できる選手でもある。本当に心強かったし、感謝しています」
少し毒っ気が強く、それでいて面倒見の良い先輩の愛にあふれた言葉に、野澤は感謝を惜しまなかった。
「東京ヴェルディ戦でチャンスをもらったけど、そこで掴み切れなかった。そこで諦めずにやり続けたことがゴールにもつながったと思う。渓太くんは東京に移籍してきてからずっと目標にしてきた選手。守備面もそうだし、攻撃ではサイドからのクロスボールだったり、仲間とのつながりだったり、いろいろな場面で良さが出せる選手で、いつも勉強になるなと思って見てきた。僕が試合に出る時は渓太くんと交代で入ることが多くて、特に前節の川崎戦では渓太くんからの言葉が自信にもなった。参考にしている選手からそういう言葉がもらえて嬉しかったし、渓太くんの存在はやっぱり大きかった」

野澤だけでなく、チャンスをモノにしてきた選手たちが今シーズンの好調を支えてきた。松橋監督もそうした選手たちの日々の準備に目を細める。
「日々の準備以外に何があるのかという部分だと思います。彼らが準備して、そこで溜め込んだエネルギーを解き放つだけではダメなんだと思います。自分をチームにおけるピースとしてどうはめ込んでいくか。怒りや悔しさのエネルギーだけではなく、それとは対極にある冷静さも必要です。日頃から何を求められているのか、ベンチサイドで見ている景色をどう自分に当てはめていくのか。そういう作業がうまくいっているからこそ、出場した時に何かを起こせるのだと思います。もちろん経験値は十分高いけれど、いざ出た時にそれが下がっていないことが重要で、練習試合も含めたところで個人個人がしっかりとできているのだと思います」
遠藤自身も、今シーズン開幕前のスカッドを見て焦りもあったという。そのなかで自らの流儀を貫いてきた一人だった。
「マジかよと思いましたよ。だって俵積田(晃太)に、龍之介がいて、今シーズンはやべぇなって思った。でも、だからこそ集中できた部分もある。そういう競争相手がいないと自分も伸びていかないし、開幕前から激しいポジション争いが待っていると覚悟していたからこそ開幕戦で得点も含めて納得のいくパフォーマンスを出せた。自分も手応えはあったけど、一時期は龍之介にポジションを奪われたし、そこで龍之介も素晴らしいパフォーマンスを発揮していた。でも、自分の能力を疑うことはなかったし、負けているつもりもさらさらなかった。最後は自分が結果を出せばいいんだと思いながら過ごせていました。今は一緒に試合に出られているけど、怪我人が復帰すれば、また激しい競争が待っている。それでも、結局は自分が勝っているという自信はある。ただ、ポジション争いに勝ったと言えるほど、まだ圧倒的な活躍はできていないので、もっと集中しないといけない」

それは龍之介も同じだった。それぞれが自分に矢印を向けて小平の日々に挑んできたからこそ、今のチームの力になってきたという。
「渓太くんよりも良いプレーをしようなんてまったく考えていなかった。自分が結果を出さなければポジションは空くものではない。ピッチに立った時に仕事をして、自分が出ることの意味を考えながら、それをブラさずにやってきた。プレースタイルは似ているところもあるけど、それぞれ特長も全然違うなかで一緒に出た時は良い共存ができている。自分だけじゃなく、いろいろなポジションの選手が良い競争ができているからこそ、良い意味でライバル関係が築けているからこそ、それが今のチームの強さにもつながっていると思う」
そして、野澤は川崎戦後のミックスゾーンで「もっと自分のような選手が出てこないといけない」と吐き出した。その理由をあらためて明かす。
「僕たちは優勝しなければいけないチームだし、優勝できるチームだと思っている。でも、ずっと同じメンバーでは戦えない。実力も実績もあるすごく良い選手が揃っている。そういうところに僕みたいなイレギュラーな選手がポンッと入ることで、また違った化学反応が起きるし、そういう選手が何人もいることで、さらにチームとしても強くなっていけると思う。そういうサイクルができているチームは強い。特に川崎戦は自分が得点してみんなが喜んでくれた。また一つになれた気がするので、僕みたいな選手がどんどん出てくれば、今出ている選手も相乗効果で良くなっていくと思う」

こうした今シーズンのチーム内競争を、指揮官は陰日向で見守ってきた。そこにも松橋監督の流儀が詰まっていた。
「それぞれ流儀を持った選手たちの競争は、ある意味ではバラバラで凸凹している。ただ、特長は違っていても、それを含めた競争はいいと思っています。これが言葉だけだと、きれいごとになってしまう。そうだとしても、同じポジション同士でチームの勝利という目標を達成していくうえでは、自分の出場有無に限らず、勝つために何ができるかは考えてほしい部分でもある。きれいごとかもしれません。ですが、すごく大事なことだと思います。誰かにアドバイスを送ることで競争力が上がるし、それを身に着ければ選手の価値やパフォーマンスが向上するかもしれない。その選手を成長させることが、チームを勝たせることにイコールでつながる。選手たちはいいけれど、監督としては難しい。当然ながら誰かを選んで好かれたいとか、選ばないで嫌われたいという考えは一切ありません。そこには僕なりの流儀もあります。自分だけでなく、コーチに相談したり、選手と対話したり、コミュニケーションをとったうえで決めている。そうやってチームが分厚くなっていけばいいと思います。一瞬、一時だけでなく、重ねていくことが大事だと思いますから」
小平のピッチには、競い合う日々が存在する。誰かを羨んだり、誰かを陥れようとする選手は自然と淘汰される世界でもある。自らに向き合った日々だけが背中を厚くし、世界を広げられる。野澤に手を差し伸べた遠藤は、「オレだけじゃない」と言う。
「日々、自分以外のポジションの選手も競争できているからこそ、ある意味しびれる日程でも試合に出た選手がしっかりと試合に入れて自分の意思や気持ちを持ってプレーで表現していて、誰が出ても強い東京を体現している。日頃の練習から選手それぞれが考えて取り組めているから、良い競争のなかで強いチームになっている」

そして、遠藤は「フッ」と笑い、らしさ全開でこんな皮肉めいた言葉をこぼした。
「あの時はある意味で、東京には“借り”を作ったと思っています。その“借り”を返すタイミングあれば、しっかりと返したいと思っている。そういう場面が来ればいい」
2019シーズン最終節、試合を決定付ける3点目で東京の“夢”を阻んだ男が、今度は青赤で明治安田J1百年構想リーグを優勝に導くゴールを挙げる。そんな世界線も素敵だろう。競争を勝ち抜いた背番号22が、ハッピーエンドを演出する。
それも厳しいプロサッカー選手の日常を生き抜いた男たちに待っているご褒美だ。
(文中敬称略)
Text by 馬場康平(フリーライター)



