本気で勝つために、困難を楽しむ──。そんな大テーマが浮き上がってきた。
今シーズンは1月5日にチームを始動させ、約1週間を小平グランドで過ごした後に南国の地へと飛んだ。そこから13日間の沖縄糸満キャンプを打ち上げて帰京し、松橋力蔵監督は「自分たちが取り組もうとしていることを色濃く出せた」と総括した。
就任2シーズン目となる指揮官の色をより鮮明にするためのキャンプで最も顕著だったのは、多くの時間をビルドアップのトレーニングに割いたことだろう。
「どう伝えるかというところでは、ボールが動くと同時に局面がどんどん変わってくる。あまりにも整理し過ぎてしまってもパターン化してしまう。相手にそれを分析されれば次の手が必要になるので、いくつかの提示はしました」

ボールの動かし方や立ち位置、三人目の動きを意識させ、相手のハイプレスに対するつなぎの出口でも目線を揃えるなど、練習の一つひとつに意図と狙いを細かく提示して取り組んできた。指揮官は「ビルドアップにフォーカスしているようで、実際はその先のところだと思います」と言って、こう付け足す。
「ボールを奪いにくる相手の背中をどう攻略して、関係性を作っていくかが大切です。どんなに後ろで剝がしても得点にはならない。剝がした後、どれだけ良いコンビネーションを生むことができるかだと思っています」
あくまでもビルドアップに時間を割いたのは、その先でいかにしてゴールネットを揺らすかの前段だったという。一方で、ゴール前で数的優位な状態でのトレーニングでは課題も残った。昨シーズンからの“ゴール期待値が高いのに、ゴールに結びつかない”という課題の克服は、緒に就いたばかりだ。
「優位な状況でも得点が入らない。良いチョイスができない。ボールホルダーが相手を動かすのか、オフザボールでどうやって相手を剝がすのか。そうした細かいところまで伝えていかなければいけないと思っています。例えば相手の身体の向きをどうやって難しい状況にさせるのかは、タイミングだけでなく、ドリブルのコースや緩急が大事になる。単純にタイミングだけで、相手の背後をとれる瞬間はたくさんありますが、そういったところも磨きを掛けないといけない。そこ(アタッキングサード)に到達した時にどうしていくのかはもっと上げないといけない。この壁を超えていかないと、上位になることはないと思う」

このキャンプは練習生を含む大所帯となったが、選手全員がほぼ同じ練習メニューを消化した。“松橋流”を貫く一方で、選手それぞれに応じた個別のトレーニングメニューも組まれたことも特長の一つだった。そのなかで実戦形式のトレーニングがほぼ毎日行われ、パフォーマンスに応じて組み合わせが日々変わっていった。定位置奪取に向けてはハツラツとしたプレーを見せる若手や、それに負けじとベテランが味わい深さで対抗する姿もこの13日間の発見だった。
「それぞれがパフォーマンスを出すだけではなく、目つきが変わった選手もいた。いつもの感じじゃないなと。そういう選手たちと話したら勝ちたいという想いが強く、一つひとつのトレーニングに対する思いが表情に表れていた。ポジションが変わることに対して、分からない、できないという感覚はなかった。彼らはスペシャリストでもあるので、ポジションは大事ですけど、どこに何が転がっているかは分からない。それを楽しんでいくなかに発見があるかもしれない。やはり面白いと思わなければ、目の前に転がっていることに気付くことはできない。人と人の出会いと一緒で、偶然ではなく、出会う人には必ず出会う。そうじゃない心持ちだと、そうした好機にはなかなか気付けない。それはサッカーも同じで、偶然ではなく必然に紐付けることが大事だと僕は思います」
課題解決には、マインドセットが欠かせない。このキャンプではクロス対応やハイプレスでの原則も細かく提示されていた。そうした攻守での細かい指示だけを守るのではなく、その背景に何があるのかを読みとるかも大切になってくる。当然、難しさやエラーも出てくる。そうした困難さえも、楽しめるかだという。
「単純に、僕は選手たちにもっと楽しんでプレーしてほしい。サッカーを好きになって、人よりもちょっと才能があって、この世界で生きていける。そうなることってなかなかないと思う。その彼らがチャレンジしなければ何も面白くない。過去の成功例や素晴らしい選手の真似をしたり、そういう人たちの言葉を耳にする機会はあったと思う。チーム単位でも、こういうチームが成功するという前例はあるかもしれない。ただ、大事なことは、そういうことだけではない」
そう言って、松橋監督はこのキャンプ中に、テレビ観戦したマンチェスターダービーを例に挙げた。指揮官交代後の初陣となった、マンチェスター ユナイテッドが宿敵マンチェスター シティ相手に2-0で勝利を収めた一戦だ。土壇場へと追い込まれていたユナイテッドの反応に、一つの答えがあるのかもしれない。
「ユナイテッドは監督が交代したけれど、選手は代わっていない。だけど、サッカーはガラリと変わった。そこに何ができる選手がいるからではなく、まるでシティのようなユナイテッドがいた。そのマインドがなぜ変わったかは、僕には分からない。緻密な戦術があるかもしれないけれど、僕には求められた選手がチャレンジして楽しんでいるように映った。監督が代わったことは大きな出来事だったと思いますが、あの一瞬でやっていることが、これからもっともっと磨きが掛かると思わせるだけの変化が彼らに見られた。才能もあって、人よりちょっとうまくて、この世界で生きることができる選手がサッカーを楽しまなくなっていたら、それはもったいないと思わされました。そして、そこに理がついてくるのだと思っています」

筋道を立てた後に、チームを前進させていくためには選手、スタッフ間の要求が欠かせない。話し合う場面が少なかったわけではない。ただ、松橋監督は「そうした要求はもっとあっていい」と言い、こう指摘した。
「求めなきゃいけないことに対しては選手間でもある。今回の日程で強度の高いトレーニングが終わった後に、それぞれ達成感があったかもしれない。ただ、しっかりと見ていくと、精度の低さが顕著に出ていた。ラストパスをしっかりと通して、求められる強さと速さを出せなければ、最後の得点にはつながらない。指摘されたことを受け止め、どうプレーしていくかにつなげなければいけない」
細部へのこだわりは、もっと突き詰めることができるだろう。選手たちから「まだまだ」「もっともっと」というフレーズが増えるのは必然だ。肝が据わった指揮官は「それが普通なんです」と言った。
そしてキャンプ中、異口同音に選手やスタッフから吐き出されたのは「優勝」というフレーズだった。2025シーズンは多くの壁を乗り越えた一方で、多くの悔しさを味わったシーズンとなった。それをかみ砕いて臨むからこそ、ブーイングを歓声に、涙を笑顔に変えたいと彼らは心から思っている。
「勝利につなげていけば自信や意欲が湧いてくる。苦しい場面でも、そういったことを失わずにやっていく強さも持っていなければいけない。勝つことは個人や組織を一つにするための大きな手助けになる。ただ、何をやっても勝てばいいということではない。自分たちのスタイルや、やろうとしていることを前面に押し出しながら、そこを求めていく。勝敗はコントロールできないが、勝利にふさわしい我々であるには日常が重要になる。そういった日々を過ごせていると思うので、それを勝点に結びつけることが僕の一番の仕事だと思っています。内容が良かった、勝てなかったでは昨シーズンと変わらない。難しいことは分かっています。勝利と試合内容の両方で、波に乗ることが大切になると思います」
明治安田J1百年構想リーグ開幕まで残り2週間を切った。勝つため、優勝するための日々を一人ひとりが過ごしていけるかに懸かっている。力蔵トーキョーは決して楽なほうに逃げず、困難を楽しむ選択をしていく。それが伝わった13日間だった。
(文中敬称略)
Text by 馬場康平(フリーライター)



