日本を代表するセンターバックと幼きサッカー少年。十数年の月日を越えて、二人はチームメイトとなった。よく似たキャリアとプレースタイルを持つ両選手は、かつての出会いから青赤での再会をどう見ているのか。かつての記憶を振り返りながら、センターバック論について語り合った。
──まずは二人の出会いの話から聞かせてください。
森重真人 出た、その話ね。俺は覚えているよ。
稲村隼翔 全国高校サッカー選手権の駒沢陸上競技場らしいですね。僕は小さ過ぎて覚えていないんですけど(苦笑)。お兄ちゃんが一緒に写真を撮ってもらったみたいで。
森重 駒沢に母校(広島皆実高)の試合を観に行って、誰かと写真を撮ったのは覚えていて。
──その二人が十数年後にチームメイトになるってすごいですね。
森重 すごいよね。
稲村 森重さんがすごいですよ。理解できないですよ。
森重 2013年の年末だからほぼ12年前かな。
稲村 中学生の時にも味の素スタジアムで写真を撮ってもらっているんですよ。FC東京U-15深川で試合を観に行って、試合が終わった後に駐車場で、常盤(亨太)、熊倉(匠)や安斎(颯馬)、佐藤(恵介)とかみんなで一緒に。そっちは記憶にあります。(橋本)拳人くんとも撮ってもらったので、それも8年前くらいの話ですけど。
──二人のキャリアを紐解いていくと、共通点が多いです。まずお互いにユースへの昇格を逃し、高体連でプレーすることになりました。そうした反骨心をどのように活かしてきましたか。
森重 サンフレッチェ広島のジュニアユースでは同じチームに槙野(智章)という存在がいたり、高校に入る時はユースに柏木(陽介)がいたり、近くにライバルでも友達でもある選手がいたので、自分が昇格できず、彼らがユースに昇格して悔しい想いをしましたし、とにかく見返したいという想いで彼らを追いかけてきた。どちらかと言えば、そういう立場になることが多いサッカー人生だったと思いますけど、それが自分のキャリアを築く上でも大きなエネルギーになったとは思いますね。
稲村 FC東京U-15深川では全く試合に出られなかったんですけど、なぜかプロには絶対になれるという気持ちはずっとどこかにありました。前橋育英高校に入ってからコロナ禍もあって少しサッカーから気持ちが離れた時期もありましたが、プロにはなれそうだという感覚はいつもありました。
森重 コロナ禍の時期っていくつだったの。
稲村 高校3年生の時です。高校選手権も無観客でした。東洋大学に入ってから「本気でやらないとマズイ」と気付いてめざしたのがきっかけです。FC東京U-18に昇格した選手たちよりも必ず上に行きたいという想いはどこかに持ち合わせていたと思います。

──二人はもともと攻撃的なポジションからセンターバックにコンバートされた選手でもあります。
森重 中学3年生の時にフォワードからボランチになって、当時は結構反発したと言うか、「何で」という想いが強かった。監督とも話をしましたけど、それで結果的に自分の良さが出せてボランチで世代別の日本代表まで入れた。その成功体験があったので、プロの世界に入ってセンターバックにコンバートされた時も「監督も適当なことを言っているわけではない」と思ったし、自分のいろいろなところを見抜いた上で言ってくれていると感じて前向きに挑戦しました。実際にやってみると楽しかったし、ボランチからセンターバックに移ると、ほぼプレッシャーがないような感じだったから好き放題にプレーできたし、当時の監督も自分の好きなようにやってくれと言ってくれていたので、自分なりにやりたいプレーをどんどん磨いていくことができたと思いますね。
稲村 実は自分の特長とか、なりたい選手像みたいなものが全くなくて、さまよいながらいろいろなポジションをやっていました。特に前線をやりたいからというわけではなく、中学生の頃は身長が低かったから前線に入ることが多かったんです。ある程度の技術はあったので、ボランチやシャドー、サイドバックもやりました。当時は自分の居場所がないなと思っていましたね(苦笑)。ただ、高校2年生の夏に当時Bチームの監督だった櫻井(勉)さんからセンターバックをやるように言われて出た試合を山田耕介監督が観に来ていて、そのままトップチームに上がることができた。センターバックじゃなかったらプロにはなっていなかったと思います。
──稲村選手がセンターバックとして参考にしたのが、森重選手だったそうですね。
稲村 そうです。中学の時は毎週観に行っていましたし、東京のセンターバックといえばモリくんでした。山田監督からは前橋育英高校の先輩だった角田涼太朗選手と合わせて「守備は森重を参考にしろ」と名前が出ていました。本当に参考にしていたし、中学年代からプロに入ってもずっと見てきた選手です。
──日本代表でも活躍した故・松田直樹さんをディフェンダーにコンバートした山田監督の指導を受けてセンターバックになった選手と、かつてその松田さんに似ていると言われた選手が対談しているのはエモいですね。
森重 良いよね。大昔の話をしているのに、「俺、まだ現役でやってるんだ」と思って(苦笑)。

──キャリアを積み上げて、お互いをどういうセンターバックだと見ていますか。
森重 左足のパスに関しては、自分が見てきたなかでもなかなかいないレベルだし、一番じゃないかなって思うくらいの選手。感覚が似ているところがあるし、左足の精度が高くてボールがキレイだし、東京と新潟の試合を観ていてもどんどん縦パスが入ってきた。観に行きたくなるセンターバックというか、見ていてワクワクする選手。それは自分がめざしてきたところでもあるので、それを体現しているイナは観ていて楽しいなと思うプレーヤーだと思います。
稲村 うれしいですね。モリくんはそれを両足でできる選手で、それにプラスして守備もずば抜けている選手だと思っています。自分は攻撃にフォーカスされがちなのですが、それにプラスしてモリくんは守備でも戦える選手というイメージがあるので、学ぶところがいっぱいあります。
──先日、森重選手に直接話を聞いてみたいと言っていましたが、何か聞けましたか。
森重 いやいや、まだ早いよ、キャンプ何日目よ(笑)。
稲村 そこはこれからですね。これから一緒にプレーすることもあるし、見て思ったことも言ってもらいたいなと思うし、自分でも気になったことは聞きにいこうと思っています。
──少し話しづらいかもしれませんが、ポジション争いについてもお聞きします。過去、森重選手に挑んでは敗れていった選手を見続けてきました。そういった戦いを勝ち抜いてきた選手に、また新たな挑戦者がやってきました。
森重 それは言い方が悪いよ(苦笑)。毎年そうだったけど、自分も新しく入ってきた選手から学べることもやっぱりたくさんあるし、良い刺激になってきた。さっきの話じゃないけど、そうやって自分も悔しい思いをしながら成長してきたサッカー人生なので。東京にずっといるけど、そこで満足しているだけじゃ楽しくない。ここ数年はポジションを奪われて奪い返してということがあるなかで、そういった危機感を味わえることはすごく楽しい。あらためて自分のパワーになると思っているし、この歳でそういう戦いを味わえるのは本当に幸せだなと感じながらプレーしています。
稲村 今まで挑んできた選手たちと自分はちょっと色が違って、突出したものを持っていると自分でも思っています。違うところで戦いながら盗めるものを盗んでいきたい。自分は日本代表をめざしているので、やっぱりモリくんを越えていかなければ入っていけない。定位置を奪うことが成長につながると思うので。すごくいろいろなことを聞きますけど、越えていきたいなというのが正直な気持ちです。

──コンビを組む可能性もあるし、アレクサンダー ショルツ選手と三人で並ぶところも見てみたい気もします。
森重 それも面白いね。
稲村 2025シーズン前半は3バックでやっていたので、あれを見ていて、入ったら面白いだろうなって思っていました。すごいボールも回るだろうし、守備はもうすべて任せます(笑)。
森重 いやいやいや(苦笑)。
稲村 後ろはマンツーマンでも大丈夫だろうなって思っていたので。
森重 もう10年早く来てほしかったな。もう少し早く一緒にできたら面白かっただろうなって思うよ。
稲村 まだ中学生ですね(苦笑)。
──キャンプ2日目ぐらいに松橋力蔵監督からセンターバックが持ち上がって一枚剥がそうと指示があって、森重選手はそこから持ち運びを少し増やしていました。まだまだこの年齢でうまくなろうとする先輩の姿をどう思いますか。
森重 嫌だよね。もうお前はええやろう、って思うよね(笑)。
稲村 一旦ゆっくりしてほしいなって思いますけどね(苦笑)。上の選手たちがそこまでやると、僕たちは足りないってすごく感じます。そういうところで刺激をもらえるのって当たり前じゃないと思っていて、向上心とか勉強する気持ちがあるってことが分かるのは若手にとってもありがたいことです。それ以上にやらなきゃいけないなと。ただ、もうやらないでくれよって、少しだけ思いますけどね(笑)。
──稲村選手は一度、世界に出て打ちのめされた経験をしたかと思います。森重選手もワールドカップへの再挑戦は叶いませんでしたけど、ある意味それを託せる選手が隣にきたことは嬉しいのでは。
森重 このスタイルのセンターバックは今でこそ足下の技術が標準装備でなければならないですけど、そのなかでもずば抜けているものを持っていると思う。それを武器にどこまでいけるのかは楽しみだし、自分自身がヨーロッパでプレーしていないところも含めて、日本人のこういうスタイルのセンターバックがどこまでいけるのかには興味があるので、いけるところまでいってほしいなと思いますね。
稲村 モリくんやショルツがいるから東京に入りたいと思ったし、自分もこのままじゃ終われない。そういう意味でもしっかりとポジションをとって、試合に出続けて成長していくことが、自分に与えられたミッションだと思っています。
(文中敬称略)
Text by 馬場康平(フリーライター)



