[2025シーズンレビュー]<br />
松橋力蔵監督インタビュー

INTERVIEW2025.12.17

[2025シーズンレビュー]
松橋力蔵監督インタビュー

大苦戦を強いられたリーグ前半戦と新加入選手の活躍で巻き返しに成功した後半戦。選手たちに期待を寄せ、成長を促し、少しずつ着実に手応えを感じられるようになってきたなかで、指揮官は何を考え、チームをどのように前に進めようとしてきたのか。就任初年度の松橋力蔵監督が感じた手応えと課題、そして高みをめざすうえで必要なものとは――。


 ブレずに貫き通す

 ──リーグ前半戦は苦しみましたが、6月の特別登録期間で加入した選手たちがうまくチームを盛り立てて、後半戦は勝点を積み上げることができました。
そこは一つの要因だと思っています。ただ、僕は苦しんでいた期間に戦っていた選手たちの姿勢や、課題と向き合ってきたチームの空気に、彼らが入ってきたと思っています。彼らが素晴らしかっただけではなく、彼らの良さを引き出したスタッフがいたという側面もあったと思います。日々の練習セッションでやり続けてきたことや考え方もそうですし、やはり日々の積み上げでしかないと思っています。選手もスタッフも決して諦めることなく、粘り強くやり続けたことが良い方向につながるきっかけであったと思いますし、良い流れを我慢強く作り上げたのではないかと思います。

──そうした積み上げの象徴となったのが、佐藤恵允という選手なのかと思います。
彼は本当に、チームを声で、プレーで、キャラクターで盛り上げてくれる。素晴らしいパーソナリティを持ったプレーヤーであり、人間だと思います。彼もそうですが、何かをつかみとって自分の結果につなげていこうとする選手は、変わることを恐れていません。自分のなかにあるものと、チームとしての考えや役割が必ずしも結びつかなくても、そこで何ができるかをしっかりと考えて向き合ってやり続けてくれました。最初はライン間でボールを受けた時になかなか前を向くことができず、コントロールをミスすることも多くありました。狭いエリアになるほど、打開できない場面もありましたが、我々がやろうとすることや、僕からの要求を自分のモノにした選手の一人だと思っています。


──彼以外にも今シーズン成長した選手は多かったと思います。
例えば長友佑都選手はどんどんコンディションを上げて、戦術理解度を深めながらやれることを増やしていった印象があります。本人も、もっとこうしていかなければいけないというところを求め続けている。そういう意味では、彼も成長した選手の一人だと思っています。守備はもちろんですが、攻撃でも決定機につなげているシーンがいくつもありました。挑戦する気持ちなど、彼には人と違うスイッチがある。コンディション、パフォーマンスを維持しながらも向上させようという姿勢を持った選手です。

──成長し続けるベテランがいた一方で、今シーズンを通して野澤零温選手は出場機会を大きく増やしました。
そうですね。野澤選手にはスタメン出場の機会をなかなか与え切れなかった印象はありますが、スタメンで出場した横浜F・マリノス戦(6月25日、明治安田J1リーグ第15節延期分)ではしっかり結果も出してくれました。交代出場した試合でもゴールに近付く場面が増えてきています。まだまだそういったシーンで決め切れないところはありますが、自分が戦っている場所を受け入れながら、その時の自分に何ができるかということと向き合って日々取り組み、それが少しずつ実際の試合にも表れてきた選手ではあると思います。

──今シーズン、チームが苦しむなかで陰ながら悩み、葛藤する小泉慶選手の姿を選手、スタッフは見てきたと思います。キャプテンの姿はどう映っていましたか。
僕自身が苦しめてしまったところはあると思います。なかなかスタメンで出場させることができませんでしたが、そのなかでもコミュニケーションをとってきました。キャプテンを任せたなかで試合に出場するかどうかがすべてとは言い切れないまでも、やはりピッチに立って発信するのとそうでない場合とでは、少し温度感や肌感覚に違う部分があったと思います。その立ち位置で色々な相談に乗ってくれましたし、たくさん話をしながらチーム状況を把握するところで大きなサポートをしてくれました。出場機会をつかんだシーズン終盤のパフォーマンスは、課題を理解したうえで自分自身の良さを試合で出してくれたと思っています。


──今シーズンの戦いを今後にどうつなげていきたいですか。
やはり続けていかなければダメだと思います。ピッチに立った時にどんな試合であっても、しっかりやってきたことができたかできなかったのかはものすごく大きい。それが最終的に次の試合に、そしてチームの将来につながるものであればベストです。そこで値踏みをしたり、ちょっとでも軽視したりすることは許されない。今日頑張らないやつは明日なんて語れないと思います。我々が過ごしているのは、今日を頑張らないやつに明日はない世界です。まずは自分たちが思い描いたこと、やるべきことを貫き通すことだと思います。

「ブレずにやり続ける」と言いますが、その難しさは我々の世界の内側にいる人間であれば、どれだけ難しいのかは十分に分かっているはずです。だからこそ、僕はたびたび口にしてきましたが、「理念は変えずに、手法は柔軟に」という考え方が大事だと思っています。何かと比較するのではなく、サッカーに限らず、自分の人生や生き方もそう。偉そうなことを言っているように聞こえるかもしれませんが、今の自分があるのはブレずにやってきたからこそだと思っています。だから東京の監督を任せてもらえる現状がありますし、このサッカーの世界で生かされているのだと思います。思い続けて、貫き通して、競争の世界なので他を排除してまでやってきているところもあります。それが自分の力になっていると考えれば、それはチームも同じだと思っています。

──頂点を視野に捉えた天皇杯は準決勝敗退に終わりました。その悔しさはどう残っていますか。
チャンスは十分にあったと思いますし、選手はしっかりと準備したものを出してくれました。ただ、あの試合からさらに攻撃的に戦っていけるかを考えています。試合全体を通じて観ているみなさんにとって楽しい試合だったかというと、決してそうではありませんでした。やはり我々がめざすサッカーにはそうした要素が入っているべきだと思います。その色をもっと出さなくてはいけない。僕自身の反省としても、もっと攻撃的に考えるべきでした。当然サッカーなので守備の重要性は頭にありましたが、もう少し攻撃的な色を出すことによって、もしかしたらゲームの色を変えていた可能性があるのではないかと、自分の頭にはあります。準決勝で敗れた悔しさは当然ありますが、それが現在の我々の実力だと受け入れなければいけません。


──試合の中身やデータを振り返ってみても、後半戦は相手の出方を見ながらプレーすることが徐々にできるようになってきたと思います。
戦術とかスタッツ、データはもちろん大事なことで、それらをどう活かしていくかが、サッカー界が進んでいく指標にもなりうるものかもしれません。ただ、私自身はすべてがそうであると、保守的な見え方になってしまうと思っています。僕のなかにあるサッカー観はすべてが数字で弾き出されるものではなく、やはり選手の持つ瞬間的な発想や想像力、創造性、意表を突くことにあります。そうした戦術は当然あると思います。もっとプレーしているなかで自らが色々なものを見い出していくことが、サッカーの楽しさなのではないかと僕は考えています。もちろん、合理的な考えや戦術的に重要なことは理解しています。我々もそういったことをしっかりとやったうえで、最後の余白のようなものがないと、観ている方々は面白くないのかなと感じます。

──「もっと攻撃的に」という話もありましたが、終盤戦に戦ったサンフレッチェ広島やFC町田ゼルビアのような強度の高い相手を凌駕できるサッカーができるようになれば、最高に楽しいサッカーの時間になるはずです。
それは絶対にできます。自分もそういう経験をしてきましたし、最後はどちらに振れるかだと思います。もちろん、他のチームが貫き通してやっているサッカーもリスペクトはしています。自分たちがやろうとしているサッカーはそういう相手をひっくり返すのではなく、どの相手に対しても戦術的かつ創造的なものであると。そういうサッカーを僕はこのチームでできると思って日々取り組んでいます。


──それを実現するためには、シーズン開幕前に監督が選手たちに伝えた「俺の想像を超えていけ」という話につながるのかもしれません。自分の枠に収まるのではなく、殻をどんどん打ち破っていく選手たちの姿がさらに必要だと思います。
本当にそう思いますし、彼らには選手としての質をどう上げていくか、高めていくかに挑んでほしい。もちろん計算できることはあるかもしれない。でも、色々な意味でより創造的であってほしい。その創造は色々なベースの蓄積における線上にあるものだと思っています。必ずしも「ただ自由にどうぞ」ではなく、一つの流れがあるなかに存在しているもの。だからこそ日々の積み上げが重要になってきます。先ほど名前の挙がった佐藤選手で言えば、日々の取り組みと積み上げというベースがあって、ゲーム内の一瞬の創造につながっていった。観ている人にとっては、プレーの幅が広がっているとか、どんどんプレーが良くなっていて、それに点もとれるようになったと。一つコツをつかんだ瞬間が彼にはあった。伸びる選手ってそうじゃないですか。努力を重ねていくだけではなく、基本的な取り組みをしっかりとやってきたなかでコツをつかんだ。それが一つのプレーだけではなく、色々なことに応用できるようになる。最初はうまくいかなくても、徐々にベースが上がって慣れてくると、コツをつかみ始める。それができると、一気に色々なことに派生していく印象です。彼だけでなく、守備の選手でもそういった印象を持った選手がいます。

──今シーズンの開幕前に耳にした「俺の想像を超えていけ」のような力蔵語録は、年間を通じて少しずつ選手たちも腑に落ちるようになったシーズンだったのかもしれません。
伝えることや求めることは、2行も3行も必要ないと思うんです。そこはワンフレーズや1行でいい。自分ではものすごくシンプルに思っていることでも、伝え切れていないのは僕の力不足だと思っています。そこをどう納得させるかもそうだし、どう理解させるかも一緒だと思っています。自分のなかで思っていても、まだまだ足りないところもあります。僕自身も何かのきっかけやコツをつかんで向上してきたところもあります。そこは選手に助けられながら、周りのスタッフに支えられながらやってきたところがあるので、これからはもっともっと自分の発信を強めなくてはいけないと思っています。

 

Text by 馬場康平(フリーライター)