大きな志の旅立ち

COLUMN2025.7.03

大きな志の旅立ち

大きな志は、チームメイトや家族、関係者らに見送られ、新天地へと飛び立っていった。

野澤大志ブランドンを初めて見たのは、アメリカ国籍の父親と一緒にトップチームの沖縄キャンプへ練習見学に訪れた時だった。少年と呼ぶにはずいぶんと大きな身体を見上げていくと、その顔にはまだあどけなさが残っていた。2018年に上京し、その2年後には飛び級でトップチームに昇格。プロ1年目のキャンプから一番遅くまで練習場に残り、一人トレーニングに打ち込む姿が印象的だった。


その向上心は、1シーズン半、武者修行で訪れた東北の地で試合に出る責任を知ることで生まれた。スターティングメンバーの枠を競う仲間や、それを指導するコーチングスタッフ、彼らを応援する人たちや支える存在。クラブのエンブレムに込められた想いの数を知り、芽生えた自覚。だからこそ、「勝ちたい」と心から思ったという。

忘れられない姿がある。いわてグルージャ盛岡から戻ってきた2023シーズンのJリーグYBCルヴァンカップ、グループステージのセレッソ大阪戦で復帰後の初出場を果たした。だが、チームは0-1で敗戦。試合後のミックスゾーンに顔を出した大志は気持ちを整えようと大きく息を吐き出し、少しうわずった声でゆっくりと試合を振り返る。音を発する彼の口元は悔しさで震えていた。それでも「継続してやっていこうと思う」と懸命に前を向いていた。

そこから変わらず続けてきた。誰よりもグランドに残り、サッカーに打ち込んできた。定位置を奪い、さらなる痛みも、喜びも知った。2023年8月、明治安田生命J1リーグのデビュー戦で対戦した相手は、奇しくもセレッソ大阪だった。1-0での勝利を収めたその直後には、こんな言葉を発していた。


「負けたら悔しいし、勝ったらうれしい。ただ、勝っても負けても上をめざしてやり続けることが大事だと思う。そこまで気持ちが上がり下がりせず、また次をめざして頑張っていきたい。J1リーグデビューさせてもらったのは光栄なことだし、感謝で一杯です」

悔しさや痛みを知り、プロとして見つけた心の置き場所がある。そこからブレることなく、丁寧な日々を積み上げていった。

「状況には揺さぶられず、自分のやるべきことを明確にしてやっていく。それが僕のやってきたスタンスなので、変わらず続けていきたい。僕は自分勝手な人ではいたくはない。支えてくれる人がいて、いつも一緒に頑張っているチームメイトがいることを心に留めている」

継続は力なり。プロ入りから5シーズン半が過ぎ、気付けば旅支度を整えていた。ベルギー(ジュピラープロリーグ)のロイヤル アントワープFCからオファーが届き、「簡単な決断ではなかったけど、ワクワクするほうを選択した」と、旅立ちの時を迎えた。出発直前の大志は、本当に自然体で、着の身着のままという飾らぬ姿だった。


「まずは向こうに行って、早く練習がしたい。やることはサッカーくらいしかないので。まだ街を調べることすらしていない。向こうに着いてから感じようと思っています。何も分からずに飛び込むことは得意なので。それは何事においても同じ。飛び込んでみて、きっといろいろバタバタすると思う。そのなかで、しっかり取り組むのが僕なので」

新天地ではバタバタの毎日が待っている。正式契約が終われば練習に合流し、キャンプを経て7月末には開幕を迎える。

「まずはチームのみんなに自分がどういうプレーヤーなのかを練習で示さなければいけない。それはパーソナリティも含めて。まずはそこからだと思う。勝負強いゴールキーパーになりたいし、90分間を通じて試合を堅く運び続けることができる選手になりたい。新たな地で試合に出てサッカーをたくさん楽しみたい。それが一番です」

生活環境も劇的に変わるが「新たな環境に飛び込むのは得意」と言い、それさえも「楽しみたい」と話す。

「いろいろな出会いや、価値観にも触れてみたい。夫婦で行くので、家族としての歩みも楽しみにしています。きっとサッカー以外の出会いもたくさんあると思うので、すごく楽しみです」

遠い未来なんて大志は見ない。これからも変わらず、足下に光を照らす。日々に感謝して毎日を積み重ねていくつもりだ。

「ひとまずベルギーでしっかりと活躍することだと思う。その先がどうなるのかなんて、まだ分からないので」

過去、日本を代表する守護神たちが海を渡ってきた。だが、成功をつかんだと言える選手は決して多くない。同い年で切磋琢磨してきた鈴木彩艶(パルマ カルチョ1913)もまた、それをつかもうと戦っている最中だろう。

「日本人のゴールキーパーがヨーロッパでチャレンジすることが簡単ではないのは分かっています。もしも活躍できたら自分にとっても新しいステージが開けると思う。そうなったら客観的に見てもすごいと思えるし、特別な経験ができれば理想です。ただ、そうならなくても僕は満足できる。どんな状況でも、それに満足できるかどうかは自分次第だと思っています。苦しいところからでも学びはある。うまくいった時にたくさん喜んで、一喜一憂するなかで、人として成長できればいい」


大志の姿を見て、ゴールマウスに立ってプレーしたい。そう思う少年たちの道標となれるかは、ここからの活躍次第だろう。大志は「そうですよね」と頷き、希望に満ちた表情でこう語った。

「自分がどうこうできることじゃないかもしれない。でも、見られていることは理解しています。みんなが見ていてワクワクするようなプレーをしていきたいと思います」

そして、旅立つ大志に「沖縄から上京してきた時の気持ちと似ているか」と聞くと、「全然違います」と言った。

「当時は15歳で、まだまだ子どもでした。でも、今はその時よりも大人になって、見えているモノも違います。今まで苦しんできたし、痛みも味わってきた。だから、よりサッカーを好きになれた。だから、全然違います」

サッカーと東京が、一人の少年を大人へと育てたのだ。

日本サッカーの父も言っていた。「サッカーは少年を大人に、大人を紳士にする」(故デッドマール クラマー)。

これから何度だって高い壁は現れる。それに向き合っていくのは、大志自身だ。

投げつけた課題から毎度落っことされて学び、徐々に高くなる景色の理由に気付く。そんな日々が待っている。どでかい志は、きっともっともっと大きくなる。なぜなら、それを求めていくからだ。

「いってらっしゃい」に返ってきたのは笑顔だった。

そこには少しの不安なんかなく、待ち受ける困難を楽しむ男の顔があった。

 

(文中敬称略)

 

Text by 馬場康平(フリーライター)