不変の熱き魂

INTERVIEW2025.6.13

不変の熱き魂

「何も変わってないでしょ」

約5年ぶりに帰ってきた室屋成は、そう言って笑った。自然体で、抜け感のある人柄はあの頃のままだ。不意に出る泉州弁には懐かしさを覚える。

初めて室屋のプレーを生で観たのは、明治大学に入学して間もない12年前、新潟での十日町キャンプだった。その期間中にクロアチアピッチで行われた日本体育大学との練習試合にセンターバックで途中出場すると、エネルギッシュなプレーで一際目立った活躍を見せた。

その試合後のことも忘れられない。当時チームを率いていたランコ ポポヴィッチ監督が囲み取材を終えると、僕たちにこう言ってきたのだ。

「何で室屋のことを誰も聞かないんだ。彼が今日の試合で誰よりも目立っていただろう。最大のサプライズだよ」

苦笑いする広報を尻目に、そこから指揮官は室屋の良さを熱っぽく語り続けた。正式加入はその3年後。明治大学在学中だった3年生の冬に青赤のユニフォームに袖を通し、希望に満ちたスタートを切るはずだった。


だが、加入直後に行われた宮崎キャンプの練習中に左足ジョーンズ骨折の大怪我。プロ生活は苦難に満ちた幕開けとなってしまう。そこから2016シーズンのリオデジャネイロ五輪本大会に滑り込み、翌シーズンには日本代表に初選出されるなど順調なキャリアを歩んでいった。

そして、2020シーズン夏に大きな決断を下す。海外志向は以前から強く、26歳での欧州挑戦は年齢的にもギリギリのタイミングだった。ドイツ2部ハノーファー96から正式オファーが届くと、そこから1週間で長谷川健太監督らと話し合い、海外挑戦への想いを伝えた。過去の進路も「直感を信じてきた」という彼らしい決断の早さだった。

「シーズン途中での移籍は、チームにも迷惑を掛けてしまう。すごく申し訳ない気持ちもある。ただ、短いサッカー人生を考えたら断ることはできなかった」

当時ハノーファーに所属していた原口元気とは電話で話し、「向こうの状況も聞いて『入ってこい』と言われた。まずは2部のチームに行くので、1部に昇格させるところに貢献したい」と言葉にしていた。室屋は「Jリーグにいるから成長できないとは一切思わない」と言い切る一方で、サッカー以外の新たな環境や、文化に触れられることも後押しとなったという。


「サッカー選手だけでなく、一人の人間としていろいろなものを吸収したい。日本にはない考え方とか、風景とか、環境を経験したい想いが強い」

さらに、4シーズン半苦楽をともにした青赤でのラストマッチに向け、室屋はこう語っていた。

「東京一筋で100試合以上出させてもらった。良いシーズンも悪いシーズンもあった。多くの試合に出て、たくさんの経験をしてきた。何とか最後は勝って、良い形で(ドイツへ)行きたい。いつもどおり気持ちの部分でファン・サポーターを魅了するようなプレーをしたい」

その約束を守り、渡欧前最後の試合となった名古屋グランパス戦で決勝点の起点となって、立つ鳥跡を濁さず。勝利を置き土産にピッチ上での“さよなら”セレモニーに臨み、詰め掛けたファン・サポーターを前に深々と頭を下げてこう語った。

「みなさんにタイトルをプレゼントできなかったことは残念ですが、オファーが届いた時に、自分の夢(を叶えたい)、したことのない経験をしたいという想いのなか、断ることができませんでした」。

そう言ってシーズン途中での電撃移籍に理解を求め、最後は「勝ってともに喜び、負けた時も最後はいつも背中を押してくれたファン・サポーターの愛情は一生忘れません」と結んだ。花束を手に場内を一周し、慣れ親しんだ“ホーム”との別れを惜しんだ。


室屋がピッチを刻むように走ると、スタジアムには歓声が湧き上がる。祭り囃子にも似た、あの雰囲気がたまらなく好きだった。球際に強く、対峙した相手とバチバチの真っ向勝負を演じる姿は〝江戸の華〟と形容してもいいだろう。その好戦的なプレースタイルはドイツでも全く変わらなかった。

「全く違う環境で、自分が外国籍選手としてプレーする。そういう貴重な経験はできたと思う。でも、特に変わってないですよ。変わってないところが自分の良いところなのかなと」。

ドイツでの5シーズンで、延べ151試合の公式戦に出場した。その間も、東京は室屋に寄り添い続けてきた。キャリアの終盤に差し掛かったこのタイミングで、互いの意思を確認。今夏の復帰が決まった。

「いつか東京に帰れたらいいなというのはドイツに行った時から思っていた。5年間ずっと東京とは連絡もとり合っていて、ずっと気にしてくれていた。このタイミングで熱量を持って良いオファーを出してくれたので、それほど難しく考えることではなかった」。

ドイツでコンスタントに試合出場してきた秘訣を聞くと、「なんですかね……気持ちじゃないですかね。本当に、気持ち、気合です。それしかない」と大真面目に答えた。少しも変わらない、少し抜けのある答えに思わず吹き出してしまった。


ピッチの外でも相変わらずだが、ピッチ内での彼も変わっていなかった。常に全力を尽くし、どんな時も手を抜かない。バチバチと火花散るプレーは、良い意味で小平グランドに緊張感を生み出した。一回りも二回りも大きくなって、5シーズンぶりに青赤の背番号2に袖を通す。あの頃の熱は、少しも冷めちゃいない。もぎたての闘志むき出しのプレーが味の素スタジアムに帰ってくる。

「もう準備はできている。慣れたクラブではあるので、試合の入り方から何から味スタの雰囲気も理解している。そこはそんなに心配していない。久しぶりのJリーグで何が起こるかは分からないけど、スムーズに入れたら良いと思う。自分の試合に対する熱量を見せていきたい。(全力のプレーは)自分の特長だと思うし、そういったモノをチームに還元できれば良い」

東京は公式戦4試合勝利がなく、チーム状況は決して芳しくはない。そんな空気を吹き払うには、室屋は打ってつけの存在だろう。

「勝ちがないから自信が少し揺らいでいるだけだと思う。そういうところは気合だけじゃないが、それが一番大事だと思う。前向きな姿勢、食らいついていくような姿勢が一番勝利につながる。今の状況は特に。だからそういったところで引っ張っていきたい。昔からそういうプレースタイルでもあるし、それが自分の良さでもある。どんな形でも勝つことが一番。それが今のチームにとって本当に大事なことなので。自分ができることをやっていきたい。そういうことが見ている人にも伝えられるようにしたい」


再びともに戦う準備は万端だ。背番号2が味スタのタッチライン際を颯爽と駆け抜ければ、祭り囃子に似たあの歓声が沸き起こる。相手の突破を防ぎ、室屋が雄叫びを上げれば観客席の至るところでシンクロするように拳を振り上げる人が続出するだろう。

混じりっけのない一途な思いは、それだけ響く。江戸の華・室屋成にココロ奪われる。

その約束の交差点が、ここ味スタだ。

 

(文中敬称略)

 Text by 馬場康平(フリーライター)