須賀大輔(エルゴラッソFC東京担当)コラム<br />
仲川輝人「僕はもう東京に染まっていますから」

INTERVIEW2023.5.29

須賀大輔(エルゴラッソFC東京担当)コラム
仲川輝人「僕はもう東京に染まっていますから」

何物にも代えがたい歓喜と心の底からの号泣。2022シーズン、仲川輝人は激動の時間を過ごした。

2月、セレッソ大阪との開幕戦でチームファーストゴールを決めると、11月の最終節ヴィッセル神戸戦ではラストゴールをマーク。横浜F・マリノスを3シーズンぶりのリーグ制覇に導いた。そして、11月末の国立競技場、“横浜FMラストマッチ”となるローマ(イタリア)との親善試合後、人目をはばからず大粒の涙を流し、ファン・サポーターに別れを告げた。

その古巣との初対戦を前にストレートにぶつけてみた。

「横浜FMとはどんな存在?」

てっきり、「大好きなチーム」だとか、「我が家みたいな存在」だとか、そんなフレーズを想像していたら、少しの沈黙のあと、予想とは違う答えが返ってきた。

「僕を救ってくれたクラブ、ですね」

「感謝」の思いを込めながら、その理由を明かす。

「大学4年生の時に右膝を痛めてしまい、オファーがなくてもしょうがないような怪我だったけど、それでも大学2年生の時から追い掛け、スカウトの人が練習場に何度も来てくれてオファーを出してくれた。だから、『マリノスは僕のサッカー人生を救ってくれたクラブ』、それが一番分かりやすい表現だと思っています」

その時、心に誓った。

「マリノスへの一番の恩返しはリーグ優勝」

そのために長く険しいリハビリを乗り越え、ガムシャラにプレーする日々が始まるはずだった。


ところが、現実は厳しかった。ルーキーイヤーの2015シーズンはリーグ戦2試合と天皇杯1試合のみの出場に留まり、2016シーズンもチーム内での立ち位置は大きく変わらない。夏になるとJ2リーグのFC町田ゼルビアに期限付き移籍を決断し、シーズン終了後、一度は横浜FMに戻るも、2017シーズンも同じくシーズン途中に、今度は当時J2リーグに所属していたアビスパ福岡へ武者修行に出た。不完全燃焼の3シーズンを過ごし迎えた4シーズン目、仲川は腹を括る。

「2018シーズンに戻ってきた時に『今シーズンは絶対に期限付き移籍をしない』と決めました。どんな扱いを受けても、試合に出られなくても、1年間はマリノスでやり切る、やり通すと。それでも試合に絡めなかったら次のシーズンはどこかのチームに完全移籍する気持ちでいました」

すると、運命がよい方向へと動き始める。2018シーズンに就任したアンジェ ポステコグルー監督に認められて少しずつ出場機会を増やしていき、シーズン後半はスタメンに定着。2019シーズンには主軸に据えられ15シーズンぶりとなるリーグ制覇の立役者となった。キャリアハイの33試合に出場しキャリアハイの15ゴールを決め得点王に輝き、JリーグMVPとベストイレブンも獲得。個人賞を総ナメにした。

そこから2シーズンは再び怪我に苦しんで「辛く不甲斐ない」時間を味わった。それでも、「苦しい時に踏ん張り、もがいて壁を乗り越える強さが身に付いた」と2022シーズンに完全復活。「大怪我も経験したし、試合に出られない時もあったけど、腐らずにやり続けたことでもう一回最高の景色を見られた」。自身二度目のリーグ優勝を成し遂げると、同時に最終節の前からぼんやりと考えていた思いや感情がふつふつと沸き上がってきていた。

「マリノスにいればもっと優勝できたかもしれないし、カップ戦を含めてタイトルの数を増やしたい思いもあったけど、移籍するなら良い区切りだと思えた。マリノスでの終わりとしては良いタイミング、良い形なのかなと」

不退転の覚悟で下した決断から半年、「人生は山あり谷あり」と教えてくれて、プロサッカー選手としての酸いも甘いも経験させてくれた「救ってくれたクラブ」と、いよいよ対戦する。「すごく楽しみな一戦」を前に仲川は落ち着いている。懐かしんだり感傷に浸ったりする様子はない。

「もちろんマリノスは好きだけど、今いるチームを一番愛さないといけない。僕はもう東京に染まっていますから。“東京のために―”と決めたのだから、青赤魂で戦う。それくらい東京を愛しているし、そのくらいの覚悟をもって来た。もうマリノスは敵。フワフワした気持ちでいたら全然良いプレーはできないと思うので、マリノスをぶっ倒す気持ちでいる」

横浜FM戦に向けて話を聞いているなかで唯一、表情が緩んだ瞬間があった。「マッチアップを楽しみしている選手」に話題が及んだ時だ。「いろいろな選手と仲良くしていたから特別誰とかはないけど」と前置きしつつ、ここでは予想どおりの名前が挙がった

「キー坊(喜田拓也)は削りに行こうと思っています(笑)。今でもたまにご飯には行くし、その時に『お前のところにはガツンと行くわ』と言ったら、キー坊も『逆に行きますよ』みたいな会話はした。ケガがない程度にバチバチした戦いをしたいですね」

最後に、再会を楽しみにしているトリコロールのファン・サポーターへの思いも聞いた。

「理想は勝って挨拶に行きたいけど、どんな結果でも行くのは変わらないし、負けても笑顔で行くのが礼儀。とにかく元気にやっている姿を見せられればいいですね」


そう言いかけながらも、「でも、やっぱり勝って行きたい。勝ちたい」と最後に付け加えた茶目っ気と勝気が入り混じった表情が実に仲川らしかった。

涙の別れから6か月、ホーム・味スタで横浜FMに勝ったとき、仲川は、正真正銘の青と赤に輝く人になる。

Text by 須賀大輔(エルゴラッソFC東京担当)