中盤3選手の証言で紐解くアルベル流ポジショナルプレー【後編】

COLUMN2022.5.05

中盤3選手の証言で紐解くアルベル流ポジショナルプレー【後編】

前編はこちらから

「戦術とは優れた配置から生まれる」

ポジショナルプレーのこれから

僕の稚拙なコラムの前に公開された、北條聡さんのプレビューコラムは読みましたか? サッカーを言語化させたらこの人にかなう書き手っているのかなって思うほど、毎回本当に勉強になります。この仕事に就く前からのアイドルの一人でした、正座して拝読させていただきました。

5/8鳥栖戦 北條聡(サッカーライター)プレビュー
「中盤の攻防を制しカモから脱却」
 

さて、ここからは前編の続きを。このポジショナルプレーのフォロワーたちは、みんな異口同音に同じ言葉を吐き出す。アルベル監督もご多分に漏れず、「チームを完成させるためには時間が掛かる。試合を重ねることで成長していく」というフレーズを繰り返し使用してきた。

ポジショナルプレーを身につけるためには、実戦経験や成功体験が欠かせないのだ。これは前編でも触れたチェスにも言えることだ。チェスの局面は大きく3つに区切られている。オープニング、ミドルゲーム、そしてエンディングだ。

オープニングではさまざまな定跡に沿って駒展開していく(これが前編で触れた、言わばアルベルトーキョーの定跡だ)。そして、ミドルゲームは『詰み将棋』に似たタクティクス(戦術)を駆使する局面だ。タクティクスをたくさん解くことで実戦でも上手い手がひらめき、相手の誘いや次の一手にも注意深くなる。棋譜解析も複雑な盤面に対応できるようになるためには欠かせない。このタクティクスと棋譜解析の積み上げが上達の近道。要は、反復と経験がモノを言うのだ。タクティクスは日々の練習、棋譜解析は試合分析に置き換えることができるだろう。

青木拓矢はこう話す。

「相手の立ち位置によってこちらも立ち位置を変えていく。変えたときに、うまくいくときといかないときがある。その波が少ないのが理想。プレーしていて違うなと思いながらも、映像を見返したら意外に良かったこともある。その感覚のズレがまだあって、うまく自分を俯瞰して見られていなかったな、と。アンカーは浦和の時からボールを触れずにサッカーができるポジションだと思う。ボールに触れられる時は、ゲームもつくっていきたい。でも、相手がマンツーマンで来て触れられない時に、監督は中にはあまりつけないと言っている。ボールを触れずにサッカーできたらそれも最高なカタチ。自分の立ち位置で相手の出方を見ることが大事で、人がついていなければ何でもできる状態なのでボールを受ければいい。そうじゃなくなった時に、触れずにサッカーができればいい」

これに安部柊斗が続く。

「試合が終わった後の映像ミーティングでインサイドハーフのポジションの位置の話にもなる。相手センターバックに見られるような位置にいすぎてしまっているので、もう少し相手の中盤とセンターバックの間でうろちょろする位置を取れと言われるので、それを意識している。映像を見て練習でも一度止めてポジションの修正もしてきているが、試合ではうまくいかないこともある。ピッチ内で選手同士が話あって違うやり方や、アイデアも出し合っている。そうやって臨機応変になりつつある。試合を重ねないと、改善点も見えてこない。逆に、こういうこともできるという理解につながらない。これは監督を信じてやり続けるしかない」

ピッチ上のどこにボールがあるかを踏まえて攻守を問わず、選手が正しい立ち位置を取って優位性を確保する。そこに辿りつくまでは、まだまだ試行錯誤が続くだろう。このスタイルに取り組み始めて、まだ数か月しか経っていないのだから無理はない。ただ、そこで起きた問題を解き明かすことで、また一つ自由と経験値を手に入れることができる。ここに時間と、労力を費やさなければいけないのだ。反復と経験の積み上げ。この循環に入るまではキャンプを取材していたときの印象からすれば、順調と言っていいはずだ。


現時点ではある程度固定されたメンバーでリーグ戦を戦っているが、選手を入れ替えることで別の定跡を植え付けることも可能だろう。その一端はJリーグYBCルヴァンカップのグループステージのアウェイゲーム、ジュビロ磐田戦などでも示してきた通りだ。

ミドルゲームを抜けた先に、エンディングが見えてくる。いかにしてキングを王座から引きずり落とすか。サッカーではもちろんそれがゴールだ。そこに並々ならぬ思いを口にしたのが、安部と松木だった。

「点を取れるインサイドハーフが自分の中では理想。それが難しい。結果もほしいし、そこでチームを助けたい」

すでに1得点を挙げた安部がそう話したと、松木に伝えると、こう反応した。

「自分も今課題として現状は点を決められていない。もっと積極的にシュートを打っていけたらいい。今のままだと、ゴールではなく、第一優先がサイドになってしまっている。自分で行くところは行って、後は先輩たちがカバーしてくれると言ってくれているので。自信を持ってやっていいと思っている」

ただし、その松木からもゴールの匂いは漂っている。敵地での北海道コンサドーレ札幌戦では90分間以上強度の高いプレーを続けた試合終了間際にゴール前に飛び込み、あと一歩で…というシーンもつくった。「それがなぜできたのか?」。それには、オッと思う返答があった。

「(得点を)決めたいからです。アレが自分の長所なので、あそこに行かないのは普通の選手。あそこまで行って点を取るのが自分の仕事だと思っている」

安部も呼応する。

「玖生はすごいですね。18歳の高卒1年目でガッツあふれるプレーをして90分間自分を表現している。彼自身も得点がほしいと思うが、もう少しで取れると思う。僕と玖生がゴール数を競えたら、チームとしても助かる。自分自身もそういう競争心が芽生えてよりゴールへの執着も生まれると思う」

アルベル監督はこのエンディングでは「監督のできる仕事は少ない」と、口にしている。まさに、ゴール前は質的優位性の見せ所でもあるのだ。北條さんのプレビューコラムでも触れられている通り、他クラブが羨む前線の決め手を生かし切れていない現状がある。この答えを持っている選手や、指導者は世界でも一握りだろう。

5/8鳥栖戦 北條聡(サッカーライター)プレビュー
「中盤の攻防を制しカモから脱却」 

彼らはそれぞれの言葉で、この難問へのアイデアも口にしている。

「人にもよるが、右ウイングが(永井)謙佑君なら縦に突破できるので、寄ってこなくていいと言われる。コンちゃん(紺野和也)ならカットインがあるから自分がダミーになって抜け出すことで相手もつられる。組む人に応じて、いろいろなオプションがほしい。そうでないと点は取れないし、シュートが打てない」(安部)


「後ろからのビルドアップでゴールキーパーを経由してセンターバックと動かせたら時間もつくれる。少し間延びした状態で個人個人が孤立している部分もある。コンパクトにしてサイドに揺さぶりながらポケットのところや、自分たちインサイドハーフでタメをつくれば、もっと面白くなる」(松木)


どんな難問も「戦術とは優れた配置から生まれる」ということで解決されるはずだ。その解決法はやはり反復と、経験値の積み上げでしかない。それはチェスを芸術にまで高めたフィッシャーが証明している。

そして、映画「ボビー・フィッシャーを探して」に話を戻そう。ラストシーンの王座決定戦を前にした主人公のジョシュは、ゲーム前日に強敵に負けることが怖くて怯えていた。そこに名優サー ベン キングズレー演じる厳しいコーチが現れ、ジョシュにあるモノを渡して背中を押す。翌日、会場の扉を開けたジョシュは胸を張って現れる。そこからは全てが最高の展開が待っている。このシーンに重なる3人のフレーズがある。

松木は言う。「チームの出来とかではなくて、全員が勝利に対する強い気持ちを持っていれば絶対に勝てると思う。メンバーがそろっているので、気持ちの部分をもっと前面的に出せたらいい」。

安部は主力としての責任がこう口を動かせる。「やっぱり気持ちなのかな、負けたくないという、試合に出続けたいという気持ちは常に持ってきたので」。

青木の言葉には歩んできた道がにじむ。「キャンプ中にいくつか映像を見ていたが、そこにはまだまだ追いつかない。カチッとはまるのがいつになるのか。ただ、試合は勝ちたい。理想と現実もある。でも、個人的には時間がない、選手としては。理想と現実のバランスをしっかりと追求していきたい」。


「ポジショナル対ポジショナル」となる一戦。リーグ戦では5連敗中のサガン鳥栖が相手であっても、ピッチに立つ瞬間、不安や恐れを抱いてはいけない。勇敢に戦った先に待つ結果にこそ、次への成功が含まれているからだ。それを映画の中の小さなチェスプレーヤーと、彼らから僕は教わった。


Text by 馬場康平(フリーライター)