COLUMN 2026.8.27

裏方の流儀|vol.2
ハイパフォーマンスダイレクター 早川直樹

トップチームからアカデミーまで、ピッチで躍動する選手たちのコンディションを科学的、多角的に支える専門スタッフたち。陰日向となってFC東京を支える裏方に光を当てる『裏方の流儀』。今回はフィジカルチームとメディカルチームを統括するハイパフォーマンスダイレクターの早川直樹に迫る。


明治安田J1百年構想リーグ第16節東京ヴェルディ戦、早川直樹は祈るような心地でピッチに立つ長友佑都を凝視していた。心臓が縮み上がりそうなくらいのスタメン復帰戦で、青赤の背番号5が左サイドを猛然と全力疾走した。

「森重(真人)、頼むよ。佑都をそんなにゴールラインぎりぎりまで走らせるような鬼パスは出さないでくれよ」

不安は杞憂に終わる。狂いかけた歯車が再び見事に噛み合い、長友の熱量がピッチで解き放たれた。固唾をのんで見守り続けた記憶の断片だ。

「チームの成績が上がり、佑都のフィットネス数値も明らかに良かった。自分たちの進む道は正しいという確信があったからこそ……あの怪我は重かった」

世界への扉を叩き続けてきた長友を襲った怪我。FIFAワールドカップ2026™5大会連続出場をめざす道に、黄色信号が点灯していた。本大会のメンバー発表まで2か月、診断は全治約6〜8週間。果たして本当に間に合うのか──。本人ばかりかクラブ全体が言葉を失うように沈み込むなか、ハイパフォーマンスチームの真価が問われた。ドクター、理学療法士(PT)、トレーナー、フィジカルコーチ、そして長友本人。集結したチームは一つの意思のもと、焦りが見え隠れするベテランの背中を優しく、かつ毅然と押し止めた。

「佑都自身は焦っていないと言っていたが、スタッフ側からは言葉には出せない焦りがあったように見えました。ですが、対話を重ねるなかで変化が生まれ、僕らが提示したロードマップに乗って着実にステップを踏む決断をしてくれたんです」

その取り組みが結実し、劇的な戦列復帰と自身5度目となるワールドカップメンバー選出につながった。そして本大会ではスウェーデンとのグループステージ第3戦の後半30分、ついに「佑都」の名前が呼ばれた。その瞬間を早川は今でも鮮明に覚えている。奇跡のグラデーションを誰よりも近くで見届けてきた男は、いたずらっぽく笑いながらも目頭を熱くした。

「名前を呼ばれた瞬間は、君が代を聞くよりも鳥肌が立ちました(笑)。テレビに(吉田)麻也や(南野)拓実が映し出されて『エッ、出るの!?』って驚いている映像も抜かれていたけれど、本当に嬉しかった」

勝負を決するピッチへと駆け出し、日本のベンチ前で後輩たちの強烈な檄を受けながら、長友はすべてを懸けてきた4年間を振り絞るように戦い走った。

この夢のような復活劇の裏側には、緻密な計算と冷徹なまでの観察眼が存在していた。

では、早川が務める“パフォーマンスダイレクター”とはいかなる役職なのか──。その本質は一言で言えば、「科学的アプローチと現場の温度感を両立させるコンディショニングの指揮者」なのだろう。

松橋力蔵監督が求めるフットボールの強度を見極め、フィジカルコーチのギレルメとともに練習負荷を微調整する。メディカルチームと膝を突き合わせ、「少し筋肉が張っている」という小さな違和感のサインも見逃さない。

「スタッフが増えるほど、意思決定は難しくなります。だからこそ、現場の声に耳を澄ませる。誰かが『ここは慎重にいくべきだ』と言えばそこを基準にし、全員のOKが出たら初めて選手のお尻を叩いてピッチへ送り出す。それが僕の役割です」

彼に求められるのは、ブレーキとアクセルを踏み分けるさじ加減。組織が大きくなるほど、この意思決定の精度がチームの命運を左右する。

新シーズン、クラブが直面した“夏開幕”という新たな壁にも、経験に裏打ちされた逆算思考で当たりをつけた。

「開幕時期が最も暑い。そこにフィットさせるため、北海道キャンプに入る前に小平グランドで2週間に10回ほどのトレーニングを設定し、暑熱順化を8〜9割まで進める計画を立てました」

北海道へ渡ってからも妥協はない。順化レベルを維持すべく、現地で最も気温が上がる14時開始のトレーニングを松橋監督へ提案。自然環境という不確定要素に対し、考え抜かれた選択で立ち向かった。

「冬のスタートとは明らかに違いましたが、トレーニングをスタートして2、3日目からはスムーズに身体も動き、シーズン中のような強度を保てた。非常に手応えのある仕上がりでした」

そう語る早川は「サッカーの側にいたい」という想いで歩んできた。かつては「部活」の延長のような時代から現場に立ち続けてきた叩き上げだ。「この年齢になるとね、小平の真っ青な空の下で、青々としたピッチに立っているだけで幸せだとかみ締めてしまう」と顔をほころばせる。

クラブの転換期を前に、彼の視線はすでに「次世代への継承」と「チームの真の強さ」へと向けられている。その眼差しの先にあるのは、あの劇的な復活劇で得たかけがえのない教訓だった。

「僕はあのとき、『佑都だったからそれだけのエネルギーを注げたんでしょう?』と言われたら否定はできません。でも、そこで終わらせちゃいけない。佑都に懸けたあの熱量を、若い選手であれ中堅の選手であれ、すべての選手に同じだけ注ぎ込んでピッチに戻す。全員に同じ熱量を持って接することこそが、このチームを真に強くすることにつながっていると思っています」

あの日、祈るような心地で見つめていた背番号5──。あのひりつくような情熱は、決して一人のベテランのためだけのものではなく、青赤のユニフォームを着るすべての選手へ巡り巡っていく。

それが経験豊富な早川をあらためて突き動かす原動力となり、クラブの未来へ注ぐべき情熱の原点となっている。

(文中敬称略)