“1の教え”を胸に、背番号1が新たな一歩を踏み出した──。青赤に初タイトルをもたらした土肥洋一の育てた守護神が、青赤のゴールマウスの前に立った。
今シーズン、J2リーグの徳島ヴォルティスから新加入したゴールキーパー田中颯が、4月1日の明治安田J1百年構想リーグ第11節のFC町田ゼルビア戦で移籍後初出場を果たし、3-0の完封勝利に貢献。その記念すべき試合を終えて、「楽しかったですね」と噛み締めるように言った。
「終わった後に思ったのは、J2リーグのほうが予測できないことがたくさん起きるということ。カオスな状況は少なかったです」
2022シーズンに徳島でプロ入りしてから足掛け5シーズンを経てからのJ1リーグデビューに「時間は掛かったと思います」と話して言葉を足した。

「加入が内定した時、徳島はJ1リーグにいました。ただ、加入と同時にJ2リーグに降格してしまった。J1リーグの舞台でプレーすることを望んで徳島に加入を決めたので、そういう意味では結果的に5年掛かってしまった。今振り返ると、1年目から出場の有無に関わらず、すべてのシーズンに意味があったと思います」
その意味を見出したのは、町田戦の前半29分や後半3分に見せたビッグセーブではなく、後半13分に訪れたプレーだ。
田中颯は2023年3月12日の明治安田生命J2リーグ第4節の東京ヴェルディ戦でプロ初出場を飾った。だが、その試合で0-2と敗戦を喫してしまう。後半32分に訪れたゴール中央左からの直接フリーキック、彼はクロスボールに備えて一瞬目を切った隙を突かれ、梶川に直接ゴールネットを揺らされた。悔しさのあまり大の字でピッチに倒れ、天を仰いで唇を噛んだ。
そのほろ苦い記憶が蘇るような位置での直接FKだった。ボールをセットした相馬から目を逸らすことはなく、放たれたシュートをがっちりと両手で収めてみせた。
「直接FKは2本ありましたけど、どっちも絶対に狙ってくると思っていました。チームのセオリー的に壁は2枚もしくは1枚と、もう少し離したところにもう1枚を置くように言われていたんですが、あそこでは壁に3枚を置きました。相馬選手も僕がJ1リーグデビュー戦であることは分かっていたと思う。徳島で梶川選手にやられて痛いほど学びましたし、横浜F・マリノスとの開幕戦で木村選手が(直接FKを)決められた場面も見ていました。ヒントはいろいろなところに落ちている。いろいろなゴールキーパーの失敗も自分ごとのように考えてやってきたので」
戻れないからこそ、大切にしてきたメモリーレーンに残るワンプレーに成長の証が光った。加入直後、山下渉太ゴールキーパーコーチに「昨シーズンのFC東京の全失点を見られますか」と頼んで、そのすべてを映像で見返した。さらに今シーズン開幕からは明治安田J1百年構想リーグ全試合の全ゴールも欠かさずチェックしてきた。田中颯の高い守備構築力は、そうした膨大な記憶のアーカイブがあるからこそ成せる業なのだ。

「ゴールキーパーは失点をどうやって自分のなかで意味を見出して落とし込むかが次につながる。それがすべてだと思っています。そういった意味ではよく(後藤)亘ともしゃべるんです。失点することは大事で、そこにこれからの教訓が詰まっているんだと。これからもそうしていきたいし、マサ(小林将天)も含めて彼らは素晴らしいポテンシャルを持っていて、彼らには明るい未来が待っている。だから、彼らにも練習からすべての失点をヒントにしてもらいたいと思っています」
青赤への加入を決断した理由の一つが、「松橋力蔵監督のサッカーをやってみたい」という想いだった。そのサッカーを初めて公式戦で90分間を享受した。
「やっていて楽しいですし、今シーズンは稲村(隼翔)がいて、(橋本)健人がいて、(アレクサンダー)ショルツもいる。局面で複数人がイメージを共有して同じ絵を描くことができる選手が多い。自分もそれを求めてやってきた。そういった環境でできていることは幸せだと思います。ただ、試合はどんどんやってくる。追い求めている理想と、ゲームで求められていることが違ってくる時間帯や局面は必ず訪れる。そのなかでベストな選択をしていく。そこのアイデアを託してくれるので、自信を持ってプレーできるし、やりがいを感じます」
昨シーズンは明治安田J2リーグ19試合でクリーンシートを達成し、リーグ最少失点でJ2リーグベストイレブンを受賞した。だが、新天地では開幕からここまでベンチを温め続けることになった。それでもしっかりとチームとともに戦い続けてきた。それは、東京ヴェルディのアカデミー時代に土肥洋一氏から教わってきたことだったという。
「フィールドと一緒にやるなと常に言われてきた。チームが良い時には、悪くなるかもしれないきっかけを探さなければいけないし、チームが悪い時には一緒になって下を向いていたらダメだ」

その教えは今も息づいている。だからこそ、チームの成功体験も失敗も、その頭のなかに刻みつけてきた。町田戦ではなかなか自陣で前向きにプレーすることが少なかったという室屋成をいかに前向きにプレーさせるかに心を砕けたのも、それがあったからだという。
「徳島の頃から試合に出ていない時でもチームがなぜ良くて、なぜ良くなかったのかという、良い悪いの価値観を育て続ける作業はずっとしてきました。チームにとってプラスになることや、このチームのゴールキーパーにとってどうするべきかの作業はずっとしてきたつもりです。自分も試合にそうやって参加してきたから、久しぶりの試合という感覚はまったくありませんでした。これはずっとやっている作業なので。そういった意味ではこのチームで刺激的な日常が送れていた。守備でも、攻撃でも、いろいろな成功例を持っているチームなので、自分の引き出しを増やしてくれている。良い日々が過ごせています」
そして、青赤に加わるもう一つの理由だったのが、現役韓国代表のキム スンギュとの切磋琢磨(せっさたくま)する日々。その先に新たな自分を見出そうとしている。
「試合後、記者のみなさんや友人から、彼との比較についていろいろ言われましたけど、そこに関して自分が話すことは何もないと思っています。とにかく自分が成長することにフォーカスしていますし、そのヒントが彼のプレーにたくさん落ちているので。どんどん吸収していきたいし、とにかくチームが優勝するために自分の価値を示し続けること以外は必要ない。それは変わらずに過ごしていきたい」
土肥の背負った背番号1を着け、青赤のゴールを守り切った。その感慨にふけるようにしながら、その口からは「まだまだあの人の背中は遠いなと純粋に思います」とこぼれた。
“師”と仰ぐレジェンドは東京で丁寧な日々を過ごした先で、2003年に30歳で日の丸を着けた。田中颯は今年で27歳になる。

不屈の守護神・土肥洋一は教え子には厳しい。だけど、言っていた。
「颯にはまだまだ足りないものが多いかもしれない。でも、あいつは自分が足りないことも知っている。それに教えようとしても教えられないゴールキーパーとしての面構えや雰囲気は昔から持っていたよ」
青赤の背番号1が再び日本のゴールマウスに立つ姿が見られる日がやってくる──。
町田とのゲームは、そんな夢への第一歩になるかもしれない。「日本一のゴールキーパー」を目標に掲げるからこそ、「行きますよ、必ず」と言ってこう続けた。
「土肥さんからの教えで今でも覚えていることがあるんです。今日1から10まで進んだとして、もしかしたらいきなり20まで進んで新しいものが見えることがあるかもしれない。成長した気持ちになれたり、すごい手応えをつかむ瞬間がある。でも、次の日にいきなり10から始めるなと言われました。1に戻って1から2と進んでいって、また同じ景色を見られるようにしよう、その作業を毎日続けるように、とずっと言われてきました。これは僕が大学に行っても、僕が一番大事にしてきたこと。今回、たまたまこういう結果になったけど、また1からだと思います。大切にしている、サッカーの向き合い方も含めてもう一度その先に行けるようにまた1からやっていきたい」
初心を絶対に忘れない。新たな景色を見るために、これからもコツコツと丁寧な日々を送るはずだ。
背中の1が教えてくれた「また1から」に、田中颯のプロの矜持が滲んだ。
(文中敬称略)
Text by 馬場康平(フリーライター)



