COLUMN 2026.3.11

理に生きる男

小平に響き渡る「スーパー!」の声が、僕の頭の中で鳴り響いた。

かつてFC東京U-18を率いた佐藤一樹監督は、試合や練習中の選手たちが機知に富んだプレーを見せると、ベンチで決まって「スーパー!」と叫んでいた。2018年、その感嘆の声を一身に浴びる高校1年生が目の前に現れた。それが大森理生を初めて認識した瞬間だった。

「覚えてます、覚えてますよ。一樹さんの『スーパー!』が出たら選手はみんな喜んでました。めったに出ないので」

その“スーパー”なプレーで、この4年間の積み上げを見せつけた。それも、あの苦渋をなめた相手に──。

ズキズキとした痛みで蘇る苦い記憶を忘れたことはなかった。プロ入り1年目の2021年11月6日、明治安田J1リーグ第35節の横浜F・マリノス戦。前半39分に森重真人が2度目の警告を受けてピッチから退くことになってしまった。ベンチに座っていた大森は、ディエゴ オリヴェイラと代わってピッチへと送り出されていく。

だが、そこに待っていたのは、悪夢のような時間だった。力なく失点を重ね、終わってみれば0-8。チームワースト記録となる大敗に、試合終了の瞬間は糸が切れたようにうなだれ倒れ込んだ。大森は涙を拭い、「一生忘れられない」と言葉にした。

ポッカリと空いた穴を埋めるように、翌シーズンからJ2リーグ行脚の武者修行が始まった。プロ2年目で訪れたFC琉球では、先輩の後ろをついて回って本格的な筋トレを始めた。その後も2023シーズンに加入した、大宮アルディージャでは出場機会を得られないなかで、自らと向き合ってサッカー選手の資本である身体作りに没頭した。

「午前練習が終わってお昼ご飯を食べて、午後は少し休んでから筋トレして帰って、夜ご飯を食べるのが一日のサイクルでした」

クラブハウスに入り浸るような生活を続け、2024シーズンに所属したいわきFCでは、さらに自分の身体と向き合い、初めてコンスタントに試合出場を続けた。その経験が彼の自信を深めることになる。

「いわきに行ってチームとしてもいろいろなやり方や、試合へのアプローチの仕方を学べた。昨シーズンはFC今治に行ったけど、自分で試合に出続けるコンディションを感じて、そこをコントロールしながらいろんなことを試せた。いい段階まで積み上げられたと思う」

2シーズンに渡ってJ2リーグで主力を張り、新たな挑戦へと踏み切った。5シーズンぶりに青赤に袖を通すという決意を固めた、その顔は精悍さが増していた。開幕前の沖縄キャンプ、果敢な挑戦者は「一番下から這い上がっていきたい」と吐き出した。ただし、「急ぎたいけど、焦らず」と自らに言い聞かせ、雄飛の時を待った。

「ポジション柄、派手なプレーが評価につながるわけではない。安定感や時間が評価の軸になる。急に何かができるようになるわけじゃないから、信頼を得ることが必要だと思っていた」

待ち望んだ“その時”は来た。それも最高の巡り合わせで──。定位置を争う森重真人の怪我、稲村隼翔のコンディション不良により回ってきた好機だった。「たまたまこのタイミングでぶつかることができたのは持ってるなと思う」。

自らの力で辿り着いた約束の場所。対峙した相手は、かつてデビュー戦で苦渋をなめた因縁の相手だった。明治安田J1百年構想リーグ第5節の横浜FM戦、大森理生が青赤初スタメンを勝ち獲った。

「あの時はもう何もできなかった。まず負けたこともそうですけど、良くも悪くも何もできなかったゲームでした。そこが悔しかったし、無力感があった。その悔しさが大きくて、東京に帰ってきて活躍するなかに横浜FM戦の勝利は自分のなかで一つの目標だった。絶対にやり返したいと思っていたので、90分間やり切れて嬉しかった。(直近4年間は)J2リーグにいて横浜FMと対戦できなかった。良いチャンスだったし、良いタイミングだった」

当時はハマのトリコロール軍団に軽々とネットを揺らされた。だが、毎日を丁寧に積み上げ、蓄えてきた自信は強さと激しさとなってピッチで表現された。身体を投げ出し、相手のシュートをブロックする姿は、まさにその証明だった。そしてボールを持ち運び、高精度のフィードで前線にボールを届ける姿は、懐かしい「スーパー!」の声が脳内でリフレインするようだった。

「自分の視野としても、ファーストタッチでボールを置いた時に圧を感じることなくプレーできた。それは周りのパスを出すタイミングやポジショニングも大きかった。周りの選手配置とかもらい方も良かったので、顔が上がっていれば(パスを)通せる自信はある。そこが一番ですかね。積み重ねのポジションなので、入りとしてはまずまず結果も出せたし、まずは無失点で勝ち切ったことにはすごく大きな価値があると思う」

チームは3発快勝を収めた。自身初めて青赤で90分間フル出場した試合は、チームにとって今シーズン初の無失点ゲーム。長い笛が鳴り響くと、ピッチに崩れ落ちた5年前の姿はなかった。静かに拳を握り、勝利とここまでの道程を噛み締めた。

試合後、大森は「帰ってきて早く試合に出たかったし、チャンスがきた時につかみたいと思っていた。ただ、役割は全うするつもりだったので、ベンチでもしっかりとチームのために戦いたいと思っていました。まだ入り口ですけど、ここから連勝を続けていきたい」と、言葉にした。そうして、はたと思いついたように「あとは」と言ってこう続けた。

「今、期限付き移籍に出ている選手が東京には何人かいる。そういう選手にも自分が東京に帰ってもできるという自信につながればと思う。今シーズン、この先もそういう部分を見せていきたい」

ミックスゾーンでそう言い残した言葉は、かつての自分と同じように歯を食いしばって日々を過ごす仲間たちへのエールだったという。

「昨シーズンは今治でカジ(梶浦勇輝)と一緒にやっていた。目標を見失わずにやり続ければ、きっとこの先、チームの厚みになると思っているので」

打ちのめされ、落っこちて気づいたことは壁の高さだった。そこを乗り越えていくためのロードマップを描き、スパイクを擦り減らしてコツコツと積み上げてきた。求めた先に辿り着いたのは次の壁だった。

ここから本格的にスタートするのは、ルーキー時代に掲げた“森重超え”への挑戦。稲村隼翔を加えた三つ巴の争いは激しさを増していくだろう。

「二人とも良い選手だし、彼らを揺るがすことは簡単じゃないのは自分も分かっている。一緒に同じポジションでプレーしていて、身近にそれを感じているからこそじっくりやりたいし、あのクオリティまで自分を持っていきたい。そういう選手が東京に三人いれば、確実に優勝は近くなる。そういう意味でも下から突き上げていきたい」

理に生きる男は、ここからめざす先を語った。その言葉に宿ったものは、地の底から這い上がってきた男の強さだった。

「苦しい時間帯やゲーム内容的に主導権を握られて打ち込まれたり、進入され続けたりするゲームはあると思う。そういうゲームで守れる選手になりたいし、センターバックはそこに重きを置かないといけない。もちろんビルドアップやチャンスメイクは基準以上になければいけないけど、やっぱり自分が良さを出せるのは守備の堅さだと思う。攻撃は吸収しつつ、守備でも特長を出していきたい。負けて落ち込んでいた時に、良い方向に持っていける選手が増えればいい。その一人になりたい。東京は能力のある選手が多いし、みんなが良いプレーを出せたら優勝できる質を兼ね備えている。味方の良さをいかに引き出せるか。自分がその良さを引き出していきたい」

痛みを知る大森は「チームを守れる男になりたい」と言った。誰かの背中を押し、前を向かせる。

プレーだけじゃない。その背中にも思わず「スーパー!」と、うなりたくなった。

(文中敬称略)

Text by 馬場康平(フリーライター)