史上最年少デビュー後に味わった
悔しさをバネに「足踏みなんてしていられない」
MF 77 北原槙
2026シーズンの明治安田J1百年構想リーグに臨む全青赤戦士を紹介する『PLAYERS FILE 2026』。果たしてハーフシーズンの特別大会を控えた選手たちはどんな想いを抱き、いかなる覚悟で一年に臨もうとしているのだろうか。
北原槙が日本中に強烈なインパクトを残した史上最年少でのJ1リーグデビュー。だが、そこから順調に刻んでいくはずだった彼のキャリアは、思いがけず数字を重ねることができないまま時間が経過してしまう。悔しさと向き合い、捲土重来を期す彼の想いとは。

北原槙──。それが日本サッカーの未来を背負う少年の名だ。
昨シーズン開幕前のキャンプで、あどけなさを残す15歳の中学生が大きなインパクトを与え続けた。北原は予定されていた練習参加の日程を延ばし、非凡なセンスと技術で居場所を勝ち獲っていった。
「キャンプに参加して日に日にうまくなっている実感があったし、楽しい時間だった。その後もどんどん馴染んでいって、できる自信もついていった」
2025明治安田J1リーグ第4節の鹿島アントラーズ戦で後半38分から途中出場し、史上最年少となる15歳7か月22日でリーグ戦デビュー。2004シーズンに15歳10か月6日で初出場した森本貴幸(当時東京ヴェルディ1969)の記録を塗り替えた。
さらに16歳の誕生日にプロ契約を結び、背番号を77に変更。光り輝く未来が待っているかに思えた。だが、プロ契約後は公式戦のピッチから遠ざかってしまう。
「プロサッカー選手になった後に1試合も出られなかった。嬉しいこともあったけど、悔しさのほうが勝った。もちろん試合に絡みたかったから、毎週メンバー入りするために自分ができることをやり続けた。ピッチに立っている時間で結果を出せなかったことは後悔が残ったし、力不足を感じた」
週末のメンバーが発表されるたびに、グッと奥歯を噛んで耐える時間が続いた。FC東京U-18で試合経験を積めたことはせめてもの救いだったが、二つのチームを行き来することは決して簡単ではなかった。
「毎週、自分の力を出すための準備をして、外れたら気持ちをリセットして次の練習のことを考えていた。難しかったし、自分としてはできる感覚もあったなかでメンバーにも入れなかった。正直、精神的には難しかった。ただ、それも経験。FC東京U-18で試合には絡めていたので、その環境があることはありがたかった」
そうした2025シーズンを過ごして新年を迎えた。捲土重来を期す少年は、少し逞しくなった顔で言った。
「もう一度ゼロからという捉え方をしています。もう一回、サッカーに対する気持ちと向き合って、やってやろうという想いが昨シーズン以上にめちゃくちゃあります」
プロとしての流儀は学んだ。だからこそ、刻むことができなかったゴールを希求する。
「得点を含めた結果を出せることが自分の特長だと思ってきた。昨シーズンはそういう意味で、そこが足りなかったから試合に絡み続けることができなかった。そこにこだわらないと試合には出られない」
謙虚に「まだまだ足りないことはたくさんあるし、学びながら成長したい」と口にする。ただし、「だけど」に続いた言葉には強い覚悟がにじんだ。
「今シーズンは絶対に試合に絡みます。足踏みなんてしていられない。危機感はすごくあるし、同世代の選手が試合に出たとか、得点したというニュースを見聞きしたらめちゃくちゃ悔しいと思う。U-18の同学年にも良い選手がたくさんいる。止まっている時間はない。ここから引き離していかなきゃいけない」
世代のトップランナーは、先頭を譲るつもりはない。加速度的な成長を遂げるために、“男子三日会わざれば刮目して見よ”を地で行くつもりだ。
2026シーズン、日本サッカー界に北原槙がその名を轟かす。
(文中敬称略)
Text by 馬場康平(フリーライター)

